ゲームにもRPG、シミュレーション、アクション、ADVというように様々なジャンルが存在する。
シナリオは媒体やジャンルによって、最適なものを書く必要がある。
というわけで、RPGのゲーム性を意識した上で、どのようなシナリオを書けばよいかを考えてみたい。
逆に「シナリオを活かすために、どのようなシステムを用意すればいいか」という観点もいくつか書いている。
筆者は個人制作者なので、もちろんゲームデザイナー兼シナリオライターという立場である。
現代のプロのゲームクリエイターは専門化されていて、両方に精通している人は希少らしい。なので、両方をやっている人間でしか得られない観点を出せればと思っている。
そのまま個人制作で活かしてもいいし。ゲームデザイナーとシナリオライターで分業する時の注意点として活かしてもよいかと思う。
なお、過去にも以下のような記事を書いているが、今回はより詳細に掘り下げている。
媒体としてのRPGを考えてみる
https://newrpg.seesaa.net/article/367906483.html
目次
仲間の存在
仲間の加入
仲間は徐々に増やす
成長システムとの兼ね合い
仲間の離脱
仲間の人数
かわいい子には旅を
戦闘
ストーリーとゲーム性の一致
ボス戦を意識する
プレイヤーの操作を尊重しよう
イベントバトルの功罪
ストーリー進行
ゲームテンポを殺さない
メッセージ表示は快適に
ダンジョン
町人を活用しよう
仲間との任意会話
自由度
目的は明確に
エンディング
主人公の活躍
無口主人公
主人公の能動性
成功体験
仲間の存在
RPGのシナリオを考える上で、まず大事なのは仲間の存在である。
多くのRPGでは主人公は数多くの仲間を引き連れて、冒険することになる。
仲間はプレイヤーにとって、ゲームシステム上の駒である。だが、そこにストーリー性が紐づけば、仲間は単なる駒を超えた存在にもなる。
魅力的な仲間達を操作できるということは、RPGの大きな魅力だ。これを活かさない手はない。
仲間の加入
仲間の加入はストーリー的にもゲーム的にも、大きな見所となる。魅力的なキャラクターが仲間になった時は、プレイヤーにとっても強い喜びとなるはず。
さらには、加入した仲間が戦闘でも大活躍できる性能だった時は、大いに盛り上がるだろう。
そんなわけで、ゲーム序盤は仲間の加入イベントを用意するのがセオリーとなる。
ヒロインとの運命の出会いや、頼りになる相棒との出会いを、華々しく演出しよう。
活躍機会を与えるためにも、仲間の加入は遅すぎないほうが望ましい。中盤ぐらいまでには、大半のキャラを仲間にできるぐらいが目安だろうか。
特に注意したいのは序盤の仲間の加入だ。
多くのRPGでは一人旅を含めた少人数では、取れる戦術が限られてしまう。
その中でも、回復役がいない状況がずっと続くのは厳しい。回復役は比較的、早めに加入させておこう。ドラクエシリーズのように、主人公にある程度の回復技を覚えさせておくのもセオリーの一つだ。
なお、ポケモンのように回復技を前提としたゲームバランスになっていない作品はこの限りではない。
その他の仲間についても、ゲーム性に合わせて調整したい。
例えば、通常攻撃しかできない少人数の旅がずっと続いてしまうと、プレイヤーも退屈に感じてしまう。早めに魔法など戦術の広がるスキルを持った仲間を加入させてあげよう。
仲間は徐々に増やす
ならば、冒頭から大勢の仲間を加入させてはどうか?
……と、思うかもしれないが、そちらも避けたほうが無難だろう。
というのも、一人一人に焦点を当てる機会が減るので、プレイヤーがキャラクターを把握しづらくなる。
また、システム的にもいきなり大勢の仲間を管理する必要が出るので、慣れない内からプレイヤーの負担が大きくなってしまう。
単純にストーリーのネタが減ってしまうのも厳しい。仲間の登場と加入のイベントはそれだけで強い牽引力があるので、活用しないのはもったいないと思う。
もっとも、この辺は作品の狙いによって様々なやり方があるので、柔軟に考えて欲しい。
例えば、冒頭からいきなり多人数パーティにした代わりに、徐々に仲間を掘り下げていくというスタイルもある。
成長システムとの兼ね合い
成長・強化システムと仲間の加入・離脱には相性がある。ストーリーを作成する上で無視できない部分だ。
これについては、過去の記事でも詳しく書いている。
パーティ編成による分類
https://newrpg.seesaa.net/article/302353840.html
例えば、ドラクエ6〜7の職業システムが有名だろう。
両作品の職業は戦闘回数によって、呪文・特技を習得するようになっている。
後半、仲間になったキャラは職業の初期レベルが固定になっており、扱いづらくなってしまう。
また、レベルアップボーナスのようなシステムがある作品だと、後半に高レベルで仲間になるキャラは不利を受けてしまいがち。
このようなシステムはそもそも採用しないほうが無難だろう。
逆に言うと昔のドラクエのように、レベルと装備だけで能力が決まるような単純な設計ならば、加入時期は遅くとも大きな問題は起きない。
あるいはドラクエ8や11のように、ポイント振り分け型のシステムも問題は起きにくい。仲間になってから自由にポイントを振り分けられるようにしておけばいいだろう。
ただし、あまりにも振り分けに時間がかかるようなシステムだと、プレイヤーの手間が増えてしまうことには注意したい。
仲間の離脱
ストーリー上の都合で、頻繁にパーティ編成を変えてしまうと、結果的にシステムを十分に体験できなくなってしまう。(FF13の前半など)
さらに厳しいのは仲間の永久離脱だ。
成長システムが凝ったものになればなるほど、仲間の離脱は好まれなくなる。せっかく手間をかけて育てたのにストーリーの都合で離脱されてしまっては、腹立たしくもなるというもの。
こういった作品の場合は、ゲームシステムの段階でフォローをしておきたい。
FF5では離脱した仲間の能力を引き継いだ後継キャラが加入する。
FF7ではマテリアシステムによって、モノを成長させる仕様になっており、離脱による戦力低下が痛手にならないようになっている。
仲間の人数
仲間の人数が多い作品は、単純に管理の手間が増えるため、複雑な成長・強化システムとの相性が悪い。
例えば、軌跡シリーズには数十人という膨大な仲間が登場する作品もある。それらがストーリー展開によって加入・離脱するのだが、その度に多数の装備を組み直さないといけないようになっている。
場合によっては、パーティ分割ダンジョンなどで12人以上の装備を整える必要があったりするが、これはプレイヤーにとって無視できないストレスになる。
仲間になる人数が多い作品でも、戦闘に参加する人数が少なく、限られたキャラだけを整えればいいなら手間は軽減できる。
無理に大勢の仲間を使わせるようなストーリーおよびシステムを作ると、それだけ手間がかかることは気をつけておきたい。
かわいい子には旅を
仲間として旅に参加するキャラクターは、ゲーム的にもシナリオ的にも出番がとても多くなる。
故郷で主人公の帰りを待つヒロインと、主人公と共に戦うヒロインならば、後者のほうが圧倒的に愛着が湧くはずだ。
漫画やアニメ、ADVならば、「戦士として敵と戦う主人公」の裏で「王女として政治に奔走するヒロイン」を描いても十分に魅力を出せるだろうけれど、RPGにおいてはこれも厳しい。
RPGでは、プレイ時間の大半が主人公の周辺の出来事として描かれるためだ。特に戦闘や探索の占める割合は大きい。
それらの際に、主人公に同行していないヒロインは圧倒的に描写が不足してしまう。同行するヒロインと比較して、プレイヤーの目に触れる時間に100倍以上の差がつくことすらある。
ヒロインは主人公の幼馴染で小さい頃からずっと仲良くしていた――なんて説明をされたところで、プレイヤーはその体験を共有していないのだから仕方ない。
ヒロインを例に挙げたけど、他のキャラクターも同様である。
敵キャラならば、実際に何度も戦って苦戦した相手のほうが印象も強くなる。
キャラクターの印象を強くしたいなら、ゲームシステム上の出番を用意してあげよう。
戦闘
一般的なRPGでは戦闘がゲーム性の肝になる。
RPGのゲーム性とは事実上戦闘であり、それを意識せずしてストーリーは作れない。必然的に、ストーリーも戦闘を意識したものにする必要がある。
※戦闘のないRPGのようなごくわずかの例外もありますが、今回は置いておきます。
ストーリーとゲーム性の一致
例えば、戦いを否定する平和主義的なストーリーを作りたいとしよう。主人公やヒロインはひたすら暴力を否定し、敵との対話を模索し続ける。
このようなストーリーのコンセプトと、ひたすら敵を倒すことを要求するゲームシステムとの相性の悪さは直感的に分かると思う。
綺麗事を言っていても、結局は戦闘で物事を解決するならば、どこか偽善的な印象をプレイヤーに与えてしまうだろう。
ならば――と、戦闘の回避を推奨するようなシステムを導入してしまうと、今度は戦闘システムを作り込む意義がなくなってしまう。
そんなわけで、オーソドックスにRPGを作るならば、ストーリーは戦いを前提にすることが無難だろう。
ボス戦を意識する
多くのRPGではボスを倒すことが物語の目的に直結している。
ボスには中ボスからラスボスまで色々とあるが、ボス戦こそがRPGの華だと言ってもよいだろう。
従って、RPGのストーリーもボス戦を意識して作成することが望ましい。
そのためにも、必要なのは魅力的な敵キャラだ。
非道な悪党でも、悲劇の悪役でも、正々堂々としたライバルでもいい。魅力の出し方は様々である。
ベタではあるが『四天王』のような敵幹部を用意するのも王道だ。
敵キャラには出番と対決の機会が欠かせない。顔見せ的なイベントを作ったり、複数回の対決機会を設けたりして、印象を強めていこう。
こういったストーリー上の宿敵との激戦は、ゲームでしか得られない熱さがある。
ありがちなのは、各エリアの最後にその場限りのボスが現れるばかりというパターン。そうならないように、敵キャラはしっかり意識して描こう。
プレイヤーの操作を尊重しよう
ゲームである以上、プレイヤーが操作する戦闘は大切であり、尊重しなければならない。ストーリーの都合でプレイヤーの操作をないがしろにするような展開は、なるべく避けたいところだ。
決着のつかないボス戦
プレイヤーが戦闘でボスを倒しても、ボスがピンピンしてるパターン。
「なかなかやるな。今日はここまでにしよう」などと宣って、ボスは颯爽と去っていく。閃の軌跡などで散々に見せられた一幕だ。
一度の戦闘だけで決着をつけてしまうと、敵キャラの掘り下げができないため、ある程度は仕方ない。
とはいえ、このような展開は「プレイヤーが勝利した」という達成感を損ねてしまう。こういった展開があまりにも多すぎると、戦闘がどんどん茶番じみていくため、プレイヤーもあまり気分はよくないはず。
イベントシーンによる戦闘
ゼノブレイド2〜3では、プレイヤーが介入できない戦闘ムービーが非常に多い。
プレイヤーが戦闘でボスを倒したのにも関わらず、それがなかったかのように長い戦闘ムービーが挟まれる。通常の戦闘画面では不可能な派手な演出で、敵との決着を大いに盛り上げる。
……が、その一方で、プレイヤーの操作する戦闘は、シーンの合間に挟まれるミニゲームの如き有様である。個人的には「プレイヤーの操作はいらなくね?」「アニメでも見たほうがよくない?」という印象すら受けてしまった。
こういった問題は戦闘とムービーの落差を小さくすれば、ある程度は違和感を抑えられるかと思う。例えば、戦闘の延長であるかのように決着演出を実行すればよい。
イベントバトルの功罪
強制敗北戦闘や強制勝利戦闘といったイベントバトルは、RPGの定番である。
例えば、圧倒的な強さを持ったボスに強制敗北させることで、将来の再戦への期待を持たせることができる。
ドラクエ5における少年期の最後のシーンは有名だが、強く印象に残った人も多いだろう。
一方でデメリットもある。イベントバトルは原則、プレイヤーの操作によって結果を覆せない。
プレイヤーがどんなにキャラを鍛えて的確な操作をしても、意味がないということでもある。その点では、あまり喜ばしいものではないだろう。
※一応、ある程度ダメージを与えないとゲームオーバーになるといった調整にすることでゲーム性を付与できるが、負けたという印象は残る。
個人的に気になったのはFF9。
この作品では、ストーリーの山場を三度に渡って強制敗北戦闘で潰している。しかも、相手はタダの人間なので、わざわざ何度も強制敗北させる理由はよく分からない。
FF9ではこのせいもあって、ストーリーの高さに反して盛り上がるボス戦が少なくなっている。非常にもったいないように思う。
そんなわけで、強制敗北を使うにしても乱用は避けたいところだ。
なお、強制勝利戦闘も「やらされている感」という点では同じだが、こちらを多用する作品はあまり見ないので問題になることは少ない。
ストーリー進行
ゲームの特徴は双方向性があること――つまり、プレイヤーが操作できることである。そのため、ストーリーもそれを意識したものを作りたい。
ADVのようなジャンルならば、ゲーム性を重視しない作りにしてしまうのも一つの手ではあるが、この記事ではあくまでゲーム性との両立を目指したシナリオを考えていきたい。
ゲームテンポを殺さない
イベントがあまりにも長すぎると、ゲームのテンポを削いでしまう。
極端なものになると、ゲームをやっているというより動画を見ていると揶揄される作品(いわゆるムービーゲーなど)まである。
SFC時代のドラクエ5やFF5〜6を改めてプレイすると、ストーリー性は高いのにセリフが簡潔なことに驚く。
容量の制約という事情もあって、削れるところをバッサリと削った結果かもしれないが、個人的には一つの理想系だと思っている。
そこまで思い切るのは難しいにしても、セリフを簡潔にしたり、適時プレイヤーの操作を挟むことによって、ゲームテンポを損なわないようにしたい。
ただし、プレイヤーの操作を挟むにしても、『フラグ立て』や『たらい回し』が多いとそれはそれで問題だ。「あっちへ行け」「こっちへ行け」と延々と本題に入らないようではストレスになってしまう。
短いイベントなら、場面転換を挟みながらサクッとまとめてしまってもよいだろう。
コツはそもそも、ストーリーを複雑化しすぎないこと。
ストーリーを複雑にすればするほど、プレイヤーに対して必要な説明は増えていくので、こういった問題も増えていく。
時にはバッサリ切り捨てる決断も必要だ。
メッセージ表示は快適に
あまり指摘されることは少ないけれど、メッセージ表示のシステム周りは大事にしたい。
メッセージ表示が遅かったり、立ち絵を表示する度に時間がかかったりする作品は、それだけでかなりテンポが悪く感じられる。文字が小さかったり、横長のメッセージウィンドウいっぱいに表示するのも非常に読みづらい。
さらに酷い例になると、白っぽいウィンドウに白文字(さすがに黒縁つき)という嫌がらせのようなものすらある。
RPGにおいて文章を読む時間はとても長いので、しっかりと注意を払っておこう。
ダンジョン
RPGに欠かせない要素としてダンジョンの存在がある。
ダンジョンに潜り、大勢の雑魚敵を倒しながら、奥のボスを倒すことが毎度の目的になっているRPGは数多い。
ストーリーを考える上で、どのようなダンジョンを登場させるかも考えておこう。
ひたすら洞窟ばかりではなく、バリエーションを確保したいところだ。ストーリーの山場ならば、それにふさわしいダンジョンが欲しい。
これについても過去に考察している。
ダンジョンバランス@ 面白いダンジョンとは?
https://newrpg.seesaa.net/article/210530419.html
町人を活用しよう
ゲームシナリオの特徴は双方向性だと既に述べたが、その中には「読んでも読まなくてもよい」という自由度も含まれている。
特に一般的なのは町人の存在だろう。
町人に話しかけるかどうかは、プレイヤーの判断に委ねられている。
古いRPGでは、町人に話しかけないと次の行き先も分からないような作品も多かった。現在ではメインストーリー上で常に行き先を明示するのが一般的である。
ともあれ、現在のRPGでも町人は有効活用していきたい。
例えば、メインストーリーで垂れ流すと冗長になってしまうような細かい説明を、町人に任せてしまおう。
このようにすれば、テンポよくゲームを進めたいプレイヤーと、じっくり文章を読みたいプレイヤーへのアプローチを両立できる。
なお、過去に以下の記事を書いている。
町人のセリフ・配置
https://newrpg.seesaa.net/article/383233037.html
仲間との任意会話
ここでいう『仲間との任意会話』とは、ドラクエシリーズのように仲間と会話するシステムを指している。
ドラクエのようにメニュー画面から呼び出せてもいいし、拠点や酒場、ダンジョン内の安全地帯などで話しかけられるようにしてもいい。
扱いとしては上述の町人との会話と同じだが、仲間の存在感を高めることができる。目指す方向によっては採用してみよう。
自由度
ゲームには自由度があるので、それに沿ったストーリーを作ることもできる。
選択肢によるストーリー分岐や、攻略が任意のサブクエストなどが代表的だろう。あるいは仲間との恋愛要素を設ける作品もある。
これについては、過去に以下の記事を書いている。
自由度
https://newrpg.seesaa.net/article/377351764.html
なお、必ずしも無理にそのような要素を盛り込む必要はない。
ストーリー分岐があると周回プレイが前提になりがちだが、ゲーム部分は大半が同じなので飽きやすくなってしまう。サブクエストは基本的に寄り道なので、メインストーリーのテンポが悪化する。
メインストーリーに注力するから分岐やサブクエストは必要ない――というのも立派な判断だ。
目的は明確に
次にどこへ行けばいいのか分からないシナリオは、プレイヤーを困惑させやすい。
現代のRPGではメインストーリーで行き先を明示するのが大半だ。もちろん町人との会話など、プレイヤーが自発的に情報収集することをも求めてもよい。
どちらの方針を取るにせよ、何も考えなかった結果、単なる不親切になったという状況は避けたい。
以下はありがちな不親切である。
- 目的地の名前は明示していても、肝心の場所がノーヒント。
- メインストーリー上の説明を見落とすと、以降説明が読めなくなる。
今時の作品は、システムの機能で目的地を知らせてくれるものが多い。メニュー画面のあらすじやクエスト一覧などが一般的だろう。
エンディング
特にこだわりがないなら、ゲームのエンディングはハッピーエンドを用意すべきだと考えている。
小説などの他媒体でも、基本的にハッピーエンドのほうが無難だと思うが、ゲームは特にその必要性が高い。
というのも、プレイヤーに労力を要求する点が、ゲームと他の媒体との決定的な違いだからだ。
そして「プレイヤーの操作によって困難に打ち勝つ」のがゲームの基本構造であるため、「どうあがいても絶望」というのは、それに反してしまう。
何十時間も苦労した上で強制バッドエンドを見せられるのは、プレイヤーにとって相当な苦痛となってしまうだろう。
もちろん、選択次第でバッドエンドになるような要素もあってよい。バッドがあってこそ、ハッピーが際立つという考えもある。
ただし、長いプレイ時間が無に帰すような仕組みはやめたほうがいい。
酷い例としてはペルソナ1が有名だろう。
このゲームは途中の選択肢を誤ると、バッドエンドに分岐して物語の途中で終了してしまう。取り返しは一切つかない。
分岐点まで普通にやると50時間程度かかるので、当時何人ものプレイヤーが心を折られた。……というか、エンディング分岐があると気づかないままゲームを終えたプレイヤーもいたとか。
直前でもフラグを満たせばハッピ―に分岐できるとか、短〜中編で最初からやり直してもそこまで苦にならないとか、バッドを見るとすぐに分岐からやり直せるとか、何らかの配慮が欲しい。
主人公の活躍
RPGの多くは基本的に主人公(=プレイヤー)を中心とした一人称の物語である。ゆえに、その物語も主人公を中心とすることが望ましい。きちんと活躍の機会を設けてあげよう。
※群像劇など、特定の主人公を定めない作品もあります。
無口主人公
注意が必要なのは無口主人公を採用した場合だ。
ゲーム以外の媒体では、まず見ることのないタイプの主人公だが、その扱いは意外と難しい。
特に仲間がよく喋る作品だと、主人公の存在が希薄になりやすい。仲間同士の会話中心で物語が進んでしまうと、主人公が何のためにいるのか存在価値が疑わしくなってしまう。
これについては、以下の記事で書いているので割愛。
無口主人公の考察
https://newrpg.seesaa.net/article/295119708.html
主人公の能動性
意外とありがちなのは、敵の思惑やその場の状況に振り回されているばかりで、主人公達が能動的に行動していないというケース。
ゲームである以上、主人公が自らの意思で目的へ向かっているという感触は欲しい。
主人公(=プレイヤー)の行動によって、事態を改善しているという実感が得られないようでは達成感が乏しくなってしまう。
成功体験
もっと言うと、プレイヤーにははっきりと成功体験を与えてあげよう。
- 悪役の撃破
- 目的の達成
- ヒロインや仲間からの信頼獲得
当たり前のことなのだが、こういった当たり前がおろそかになる作品は珍しくない。
- 倒しても倒しても、ボスが余裕綽々で去っていくので勝った気がしない。
- 状況に振り回されるばかりで、気づいてみれば何も成し遂げていない。
- 何をやっても裏目に出て失敗続き。
- ストーリー後半になっても、パーティがギスギスしている。
- ていうか、ヒロインが他の男とくっついた。
上記のような作品に遭遇した経験のある人もいるかと思う。
このような例はむしろ、ストーリー性の高い作品で遭遇しやすい印象すらある。話に凝りすぎたばかりに、基本がおろそかになっているのかもしれない。
なお、この反対の失敗体験が駄目なわけではない。
むしろ、アクセント的に失敗を入れたほうが成功は際立つ。特に序盤で急激に落として、そこから盛り上げていくようなストーリー構成は定番だと言えるだろう。
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