【RPG制作講座】自由度

2013年10月26日

一般に自由度が高いRPGは良いRPGであると言われることが多い。逆に自由度が低いRPG――例えばFF13などは「一本道」「ロールプレイングならぬレールプレイングゲームだ」というように、非難を浴びることが多い。ネット上でのレビューや議論を見る限りでは、どうやらみんな『自由度』が大好きなようだ。

そんな自由度であるが、そこに含まれる『自由』の内実は多岐に渡る。

  • 行き先を決める自由
  • 誰を仲間にするか決める自由
  • 村人に話しかける自由
  • 気に入らないイベントに参加しない自由

というようにだ。

そこで、今一度『自由』というものを細分化しまとめる。自由の内実を理解することで、自由の一体何が面白いのかに迫ってみたい。そして、ゲームが面白くなる方向に自由度を調整できるようになりたいところだ。主にシナリオ寄りの内容になっている。

二つの自由


ゲームにおける自由とは、大きく二つに分けることができる。『目的の自由』と『手段の自由』である。

目的の自由

プレイヤーが目的を決めることができるという自由。例えば、マルチエンディングの作品で、どのエンディングを目指すのかを決めるといった自由だ。目的といっても、個別のイベントの目的から、物語の最終目的まで幅広い。洋ゲーなどはこの辺の自由度も高いらしいが、良く知らないので省略。
ポケモンで「ストーリーのクリアはタダの通過点。目的は対戦で勝ちまくることだ!」というのも立派な目的の自由。

ただし、これが全くの自由だと「何をやったら良いのか分からない」という状態になりやすいので注意。かくいう僕も「何でもできる」だけのゲームをやるぐらいなら、リアルで創作活動でもしてたほうがいいんじゃね? とか思っていたりする。やはり、ある程度の方向性は示して欲しいところ。

手段の自由

目的は確定しているものとする。その上で目的を果たすための手段の自由を指す。例えば、敵のボスを「力尽くで倒すか」「トラップを仕掛けてからめ手で倒すか」それとも「交渉して和解するか」といったものだ。

例として……

バンガード(ロマンシングサガ3)

潜水機能を持った要塞バンガードを起動するという目的のために、術師の協力を得ることに。しかし、有力な二人の術師(ウンディーネ&ボルカノ)は仲が悪い上に、タダでは力を貸してくれそうにない。
取りうる選択肢は以下のようになる。

  • ウンディーネを倒して、ボルカノの協力を得る。
  • ボルカノを倒して、ウンディーネの協力を得る。
  • 喧嘩両成敗にして、協力を得る。

フレイムタイラント&アイスソード(ロマンシングサガ)

終盤のダンジョン冥府に向かうためには、火山に住むフレイムタイラントと交渉しなくてはならない。「アイスソードを持ってくれば通してやる」とのことだが、剣を持つ旅の聖戦士ガラハドも簡単には譲ってくれそうにない。
……って、以前の記事(面白いイベントを作るには?)でも書いてるので省略。

手段の自由度が高い作品は工夫の余地も大きく、戦略性が高い作品と言えるかもしれない。シナリオ側だけではなくゲームシステム・バランス側の分担も大事だ。

詳細な自由


以下は上に挙げた2つの自由をより詳細に分類したもの。

選択の自由

掲示された選択肢に対する自由。場合によっては、上に挙げたような目的や手段が変化することもある。
印象的なのはタクティクスオウガ。要所の選択肢に対する決定によって、以降の展開が大きく変化する。特に一章最後の選択肢では、主人公が悪事に加担することもできるという内容で、当時衝撃的だった。このように自分の判断がストーリー展開を大きく左右するということは、プレイヤーの作品への没入感を強く高める。複数の展開を用意するのは、やはり手間が掛かるのだが・・・。

DQによくあるような『はい』だろうが『いいえ』だろうが、会話内容がちょっと変わる程度でしかない選択肢だってもちろん『選択の自由』の一部。結果は変わらないという点で、さほど自由度に寄与しているとは言えないかもしれないが……。

行動範囲の自由

「どれだけ広い範囲を移動できるか」「どれだけ遠くまで移動できるか」「どんな場所に行けるのか」といった自由。ストーリーを進めることで、行動範囲が広がるのが普通だ。特に乗物入手による移動範囲の拡張はワクワクもの。
自由度が高いRPGは序盤から行動範囲の制約がゆるい傾向にある。最初から制約はほとんど無いが、遠出すると敵が強くなるので実質的には制約があるというDQ1型もある。このタイプの場合、ストーリーを進めなくとも、プレイヤーのスキル次第で遠出できるという利点がある。

自由度が低いRPGの場合は、前の町に戻ることも満足にできなかったりする。やはりFF13の一本道などが代表的。それに限らず、ストーリー性重視のRPGならば、一時的に行動範囲が狭まった結果、一本道になりやすい。FF9,10など。

移動手段の便利さも重要。移動魔法ルーラがあるDQや、ワールドマップを開けば一瞬で各地に移動できるロマサガなどは便利。前の町に戻るのに、非常に時間が掛かるような仕様では、わざわざ面倒を掛けてまで戻ることは少ないだろう。これもやはり一本道に近いプレイになりやすい。

施設/システムを利用する自由

「お店を始めとした施設を利用できるか」「どんな道具・装備を購入できるか」「転職などのシステムを利用できるか」「どんな職業に転職できるか」といった自由。

ストーリーの進行によって、利用できる『施設/システム』がぎちぎちに定められている場合、戦略の幅が狭まることになる。かといって、序盤から何でもできてしまうと、中盤・後半にモチベーションとなる要素が無くなる。ここはゲームバランスのセンスが要求される大事な部分だ。

順序の自由

イベント等をどんな順番にこなすかを決定する自由。DQシリーズには大抵、オーブなどの何かを自由な順序で集めるイベントがある。ロマサガ2の七英雄退治、ロマサガ3の四魔貴族退治などもこれ。JRPGにおける自由度が高い作品は、これが充実している場合が多い。
「順番を変えられるだけじゃ大したことない」「所詮は朝三暮四」なんて思われるかもしれないが、これがなかなか侮れない。

例えば、この自由によってどんなことができるかというと……

  • 敵が強いダンジョンにあえて挑んで、パーティを効率良く強化する。
  • 良い武器がある町に優先して向かう。
  • 炎のボスと戦う前に、弱点の氷の武器が手に入るイベントをこなす。ロックマン式。
  • 気に入った仲間が加わるイベントを優先してこなす。
  • 一通り行動できる範囲をブラブラしてみて、面白そうなイベントに挑む。

というように、意外とプレイの幅が広がるものだ。

もっとも初回プレイではどこで望みの物が手に入るかを把握するのは難しいのだが、色んな場所に手探りで行ってみるのも楽しいもの。二周目以降はどうやればプレイ効率を上げられるかを考える楽しみもある。

もちろん『行動範囲の自由』が大きいほど、比例してこちらも大きくなるので、合わせて考えよう。

任意の自由

やってもやらなくても良いという自由。ゲームクリアに必須では無いサブイベントがこれに当たる。話し掛ける必要が無い町人との会話も、これに含むと考えることができる。任意とは言っても重要度の高さに応じてその意味合いも変わってくる。

重要度が高いと……

進行上重要で、こなさないと進行に支障を来たす。「ハッピーエンドのフラグが立たない」「攻略に必要な情報が不足する」など。DQ3に例えると、ラスボス弱体化に必要な『光の玉』の入手イベントがこれに当たる。

重要度が低いと……

別にやらなくても良い。「強力な装備が手に入るが、無くても十分クリアできる」「キャラクターの個別エピソード。本編にはさほど関係無い」など。またまたDQ3に例えると、『ノアニール』や『ムオル』のイベントがこれに当たる。そんなイベント知らね・忘れたって人はごめんなさい。

自由に対する結果・反応


最後に『結果』『反応』の重要性を指摘しておきたい。

自由とは第一にプレイヤーが何をできるかという『入力』である。しかし、入力の方法が豊富なだけでは、十分な自由度が得られるとは言い難い。自由度の高さを実感するには、入力に対する『出力』――つまり『結果』『反応』が必要なのだ。これが充実していないことにはどんなに入力が豊富でも、見せかけの自由でしか無い。

例を挙げてみよう。
「DQ3の勇者は21168通りの装備ができる!
 だからDQ3の装備は自由度が超高い!」
※FC版「武器:21 × 鎧:18 × 盾:8 × 兜:7」で算出。
 装飾品は無視。女性専用装備と素手含む。


恐らく、この主張に納得してくれる人はほとんどいないはず。それは21168の内、意味のある組み合わせ自体がほとんど限られているからである。
DQ9では装備品によって、キャラクターの見た目が変わるのだが、この時点ではそういった要素も見られない。よって、性能に優れた装備だけで固めるのが常となる。「武器は王者の剣――ただし防具は全裸」というような珍妙な組み合わせは最初から選択肢にも入らないというわけだ。

要するに自由度が高いとは「プレイヤーが『取るに値する』行動パターンが豊富にあること」を意味している。そういう意味では『戦略性』『戦術性』にも通じる部分がある。

そのためにも、重要なのはバランス調整だ。
「性能に大差無い仲間キャラが大量にいる自由」「弱い武器を買う自由」「ダルいだけのミニゲームをやる自由」「長いだけのコピペダンジョンを探索する自由」。そんな自由が充実していたところで、それは下手をすれば「壁に向かって走り続ける自由」「同じ村人に100回話しかける自由」と大差無いとプレイヤーに思われているかもしれない。

自由は『結果』『反応』あってこそ実感できると言えるだろう。

>RPG制作講座目次に戻る
posted by 砂川赳 at 06:00 | Comment(7) | RPG制作講座 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

【RPG制作講座】媒体としてのRPGを考えてみる

2013年07月06日

小説や漫画・アニメといったストーリーを持った媒体は数多く存在する。それらとRPG(正確に言えばコンピュータRPG?)に共通する部分は多くあれど、文法が異なる部分もまたある。RPGという媒体の特徴を今一度考えてみるため、その差異に焦点を当ててみたい。

基本的にはRPGを中心に据えて考えるが、アクションなど他ジャンルにも当てはまる部分もあるかと思う。なお、サウンドノベル(特に選択肢を用いないもの)に付いては、性質が極めて小説そのものに近い。

ダンジョンの存在


RPGにおいて、かなりの時間を占めるダンジョン探索。ダンジョン内部での戦闘を含めると、総プレイ時間の大半を占めることも珍しくない。これを活用したストーリーデザインはRPGならではのものといえる。
 小説や漫画といった媒体においては、ダンジョンの存在は省かれることが多い。それらの媒体ではストーリーが重点に置かれることが多く、ダンジョンを長々と探索する描写を面白くすることは難しいからだろう。・・・正確には無いこともないのだが、1ダンジョンの中で何十回と戦闘を繰り返したりはしないし、ましてや1つの物語が完結するまでに数十個のダンジョンに潜るなんてことも無い。

ダンジョンには『長い』『ダルい』『古臭い』という面があるのも事実。ストーリー主導のRPGを作りたいならば、ダンジョンを多用する以外のゲーム進行を考えてみても良いだろう。もちろん、RPGならではのダンジョン探索における面白さを追求するのも良しだ。

戦闘の扱い


漫画等では強敵との戦いは、長々とページを費やして描写することが多い。途中、何度もピンチになったりしながら、流れの中で多くの会話を挟む。自然、敵役のキャラクターも際立つというもの。例え、一度の戦闘しかなくとも強く印象に残った悪役は数多くあげられるだろう。

しかし、RPGではそうはいかない。なんせ、戦うのはプレイヤー自身なので、どんな流れになるかはプレイヤー次第なのだ。それでも無理矢理、漫画のような長い会話を毎ターン挟んだりするとテンポが悪くなってしまうし、どこか茶番じみてしまう懸念もある。
 敵役を印象付けるには漫画と比較して工夫がいることが分かる。印象付けたい敵キャラは、登場シーンや戦闘シーンといった出番を何度か作るのも1つの方法だ。
 逆にRPG特有の表現方法として、戦闘バランスによって敵を印象付けることも可能である。「このボスは敵の大幹部だけあって、今までのボスを凌ぐ強敵だ」とか「このボスは性格通り、嫌らしい状態異常が多い」とか、能力面で感じさせてみよう。

「ボスとの戦い→大ピンチ→覚醒してボスを倒す」といった少年漫画ではお馴染みの燃える展開だが、これもRPGでは使いづらい。例えば、英雄伝説シリーズ等にありがちなこととして・・・

戦闘画面でボスを倒す。ボスが倒れた演出。

イベント画面に戻ると、ボスはまだピンピンしている。そして・・・
「中々やるな。だが、その程度で私を止められん」
とか何とか言って、切り札を出してくる。一転、ピンチに。

誰かが助けに来てくれる or 仲間の誰かが覚醒する

いかにも、それっぽい演出がやりたかったのだろうが、余りスムーズではないように思う。個人的には戦闘画面をそのまま使った方がスムーズではないだろうか?

戦闘画面でボスのHPを0にする。ボスはまだ倒れない。

戦闘画面のまま、ボスとの会話イベント発生。
ボスが必殺技を放ってきて大ダメージ。

ボスと因縁のあるキャラが覚醒してとどめ。

という感じでどうだろう。ただし、編成システムによっては、因縁のあるキャラが戦闘に参加していないなんて可能性もあるのだけれど・・・。

パーティ編成


小説や漫画では、仲間の出入りは比較的自由に行える。仲間の死亡イベントで場を盛り上げるなんて手法は古くから多用されてきた。また、仲間に別行動を取らせることによって、異なる切り口から、それぞれの見せ場を作るなんて手法もとても便利だ。

しかし、RPGではこういう手法は使いづらい。仲間というのは半分はプレイヤーのものであって、制作者の都合でポンポン離脱されたりしてはかなわない。「俺が考えた理想のパーティ編成を作者の都合で壊すでない!」というわけだ。

序盤など、仲間が揃うまでは比較的、別行動を取るようなイベントも許容される傾向にある。能力紹介も兼ねて、色んなキャラクターを使わせるようにしてみよう。また、戦闘を挟まないイベントならば、別行動を取らせてもゲームシステム的な支障は無い。

無口主人公


RPGでしか使われない表現に無口主人公なるものがある。これは主人公のセリフをプレイヤーの想像に任せることで省略するという独特の手法だ。他の媒体ではこのような手法を取ることはまず無い。強いて言えば、一人称小説で主観者の存在を極力薄くしているものが稀に見られるぐらい。

これに付いては他の記事(無口主人公の考察)にまとめてあるので、細かくは書かない。

文章表現


小説では心理描写などを細かく描写されることも多い。しかし、ゲームでは小説のような長々とした描写はテンポを削ぐので嫌われやすい。そもそも地の文に当たるものはないのが普通で、キャラクターの描写はセリフや視覚的な動作から行われる。人物の心理はそこから、読み取れるようにすれば十分というわけだ。

サブイベント(任意のイベント)


RPGの特徴として、プレイヤーが任意に参加できるイベントを作れることが挙げられる。例えば、話の本流には関係が無く冗長になりそうな設定があった場合、町人や本棚を借りて情報を分散させる方法がある。

他にも、イベントの実行順序を自由にできる作品もあるが、これもRPGの特性といえる。

選択肢・分岐


選択肢などによる物語の分岐という要素。ちょっと会話が変わる程度のモノから、一切合切のストーリー展開〜エンディングまでが変わってしまうものもある。
 そこまでやる作品はサウンドノベルが多く、長いRPGでは普通にクリアするだけでも大変なこともあってそれほど多くない。

これはゲーム以外には真似できない要素。大きな分岐を伴うシナリオを長編で作るのは、制作者はもちろん、プレイヤーも大変なので、短編〜中編ぐらいの方が良いかもしれない。長編でやってしまったタクティクスオウガのような例もある。

盛り上がりの期間


小説のシナリオは一冊300ページ(4〜5時間が目安か?)といった長い期間で盛り上がりが最低1つあれば良い。ミステリーならば探偵と犯人との対決は大抵1回だけだろう。

※小説でも「短編集ならどうよ」とか「上手い作家なら途中にも、ある程度の盛り上がりを入れるよ」とかあるが、とりあえず置いておく。

次に漫画の場合、短い期間での盛り上がりが要求される。これは市販の作品はほとんど連載物な上に、何より打ち切りの恐れもあるという大人の事情がある。「1回の放送である程度は盛り上げないと視聴率が〜」というような理由でアニメも同じ。

RPGの場合、連載物ではないことからある程度は自由がきく。長い長いストーリー全体を通した起承転結がしっかりとした作品が評価されることが多い。とはいえ、小説とは異なりクリアまで何十時間と掛かる作品で、盛り上がりが1度きりというのはどう考えても無理がある。ゲームシステムを発揮するためにも、時折ストーリー上の壁となるボスを設けて盛り上げることが望ましい。

結局は、『短い間隔』『長い間隔』両方での盛り上がりが要求される。ただし、RPGではストーリー的な盛り上がりを強く狙わなくとも、ボス戦がゲームシステム側から盛り上がりを担ってくれるのは大きい。

ところで


時々、「プロの小説家にRPGのシナリオを書かせれば良い」なんて意見を見かけるが、実際のところどうなのだろうか?

私見では主に課題となりそうと思うのは2点。

1.『文章表現』の観点から

小説家は良くも悪くも長い文章を書くことに慣れすぎている。サウンドノベルならまだしも、これをそのままRPGに持ってきたところで『ダルい』『冗長』といわれる危険性大。『プレイヤーに読ませる箇所』『行間を読ませる箇所』のバランスをうまく調整できるかどうか。

2.『盛り上がりの期間』の観点から

さっき書いた通り、RPGでは『短い間隔』『長い間隔』両方での盛り上がりが要求される。それをうまくこなしたシナリオを書けるかどうか。

この2点をクリアできるならば、いいんではないだろうか? ファンタジー作家やSF作家ならば壮大な世界設定。ミステリー作家ならば、怒涛の伏線回収とどんでん返し――というように期待できそう。
 『盛り上がりの期間』の観点から見ると、漫画家とかも良さそうな気がする。もっとも、忙しくてそれどころじゃないって感じだろうけれど・・・。5年、10年ぶっ続けで週刊連載とかマジキチ。ぼくにはとてもできない。

ともあれ、他の媒体の長所を取り入れるも良し。あくまでRPG独自の長所にこだわるも良し。そもそも「この話、RPGには向いてないよ」と思ったならば、他のジャンル・媒体で作るのも良し。何を目指すかは制作者次第だ。

>RPG制作講座目次に戻る
posted by 砂川赳 at 06:00 | Comment(4) | RPG制作講座 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

【RPG制作講座】固有名詞(人名・地名等)の命名

2013年05月18日

 創作における固有名詞の命名に付いて考えてみる。ちなみに、RPGに限定した内容ではないので、小説や漫画にも流用可能なはず。

 名前の役割は第一に識別にある。よって、作品全体を通して覚えやすい名前を考えていきたい。命名に困ったという時もこれを見て参考にして頂ければ幸い。

 ぶっちゃけ好みでいいっちゃいいんですけどね……。所詮はネーミングセンスの問題なので、だいぶ筆者の主観が入ってるような気もします。その辺は多めに見てくだされば。

似た様な名前を付けない


 同一作品中で、似たような名前のキャラクターがいると、プレイヤーを混乱させやすい。中でも『ア行』『サ行』『ラ行』等は語感がよいので使われやすいが、同じ文字を多用し過ぎると、似たような名前が多くなってしまうので注意。

 例えば、『アルス』と『アレク』は頭文字や文字数が同じなので区別しにくい。文字数が同じなのは仕方ないにしても、頭文字には気を付けたい。人間は名前を脳内で読み上げる場合、頭文字を最初に意識するもの。つまり『エリス』と『クリス』なら前の例よりも、まだ区別が容易となる。

 頭文字や文字数が異なっていても、雰囲気の似た名前の人物が多く集まると混同しやすくなる。ありきたりな名前ばかりでもいけないし、風変わりな名前ばかりでも良くない。

ありきたりな名前が集まってしまった例

  • ジョン、トム、ビリー、デビッド
  • 山田、田中、佐藤、鈴木

変わった名前、長い名前が集まってしまった例

  • ジェファーソン、エイブラハム、ラザフォード、ベンジャミン
  • 五十嵐、九十九、我孫子、生田目

メリハリを意識しよう


 そこで『平凡な名前』と『変な名前』等、雰囲気の異なる名前を適度に織り交ぜると、メリハリが付いて覚えやすくなる。山田と五十嵐のように雰囲気が異なる名前の人物を混同することは少ないはず。

 『変な名前』と書いたけれど、創作の世界ではいわゆる『DQNネーム』『キラキラネーム』に該当する様な珍名も許容される。物語の登場人物は作者からすれば、子供の様な物であるが、現実の子供と違って名前でイジメられたりはしないからだ(※)。むしろ『識別』という目的には多少のキラキラも、メリハリが付いて有用と言える。

 ※作中でイジメられるかもしれないが、それはそれでキャラ作りとしてはおいしいので置いておく。

イメージに合った名前を付ける


 主人公に『カッコいい名前』、ヒロインに『綺麗な名前』、悪役に『悪そうな名前』、子供に『可愛い名前』、色物キャラに『変な名前』、平凡キャラや脇役に『平凡な名前』。という様にキャラクターや地名のイメージにあった名前を付けよう。
 ただし、どんな名前が『カッコいい』のかという、かなり個人の感性に依存するので、あまり詳しくは書けない。例えば、濁音が入ると『強そう』『悪そう』等とは、よく言われる。

 とりあえず、ラストバイブル3のヒロインに『モチョワ』と付けるネーミングセンスはちょっとどうかと思った。でも、インパクト勝負と考えればアリなのか……?

文字数を意識してみる


 3、4文字の名称は適度な長さで発音もしやすく無難だけれど、それだけにありふれた物になりやすい。そこで、2文字や5文字以上の名前をアクセント的に入れてみよう。2文字の名前は可愛らしい印象がするためか、子供や動物キャラに多い印象。5文字以上で濁音が多いと凄く悪者っぽい。『バルバトス』とか、名前だけでもう現行犯逮捕しても良いと思う。

 言うまでもなく5文字、6文字みたいな長い名前を多用するのは覚えづらくなるので注意。あくまでもアクセントとして使おう。

末尾に注目してみる


 他と雰囲気の違う人名にしたい、と思った場合は末尾の文字の母音に注目してみよう。実は多くの西洋風RPGでは、人名末尾に使われる母音の使用頻度に非常に大きなバラツキがある。
具体的には……

ア、ウ > イ、オ、ン > エ

 という具合だ。正式に調査したわけではないが、これは単に現実の西洋人の名前が、そうなっているというだけの理由だと思われる。よって、DQでもFFでも、西洋風RPGなら大体同じ法則が成り立つ。特に母音が『アウ』の中でも『アナラスル』辺りが末尾に来る頻度は非常に高い。

 というわけで、意識して『イオンエ』の母音で終わる名前を作れば、他と差別化できるはず。また『アウ』の母音でも『タダハバパヤワウツヅヌフブプムユ』辺りは頻度が下がるので、使ってみよう。

 中でも末尾に『エ』の母音が来る頻度は意外なほど低い。例えば、DQやFFのメインキャラクターで該当の人物を思い浮かべても、ほとんど出てこないはず。これを読んでいる人の中で、創作をしているという方は是非、メインの登場人物に、末尾に『エ』の母音で終わる名前を付けてみよう。

 もっとも、別に『アナラスル』初め『アウ』音が末尾に来ることを徹底的に避ける必要はない。これらは現実に発音しやすく、耳に馴染みやすいから、多用されていると考えられるからだ。そればっかりにならないように注意すれば十分だろう。

前後を飾ってみる


 固有名詞の前後を特徴や敬称などで、飾ってみよう。固有名詞そのものの話ではないけれど、識別子としての役割を考えた場合に有効な手法となる。

  • 国なら:○○○王国、○○○帝国、○○○共和国
  • 町なら:貿易都市○○○、首都○○○、辺境の村○○○
  • 人なら:○○○王、皇帝○○○、○○○陛下、○○○猊下、○○○将軍、○○○伯爵

 この方法なら、固有名詞自体を覚えてもらえなくとも、一応の区別は付く。単に固有名詞を並べるよりは、世界観も深まるし、プレイヤーもイメージしやすいはず。

 言うまでもなく、敬称や爵位、階級などを使用する場合は、ちゃんと意味を調べておこう。上下関係を間違えたりすると、恥をかくことになる。

参考までに実例

  • 公爵>侯爵>伯爵>子爵>男爵
  • 元帥>大将〜少将>大佐〜少佐>大尉〜少尉>曹長

 ちなみに『猊下』とは法皇・教皇など、偉い聖職者のことを指す敬称らしい。ただし『げいか』と正しく読める人間がどの程度いるかは怪しいので、別の言葉を使ったほうが良いかも。例えば、XXXX教皇とそのまま役職名で呼ばせても良いし、『陛下』などを代わりに使っても良い。『猊下』と同様の意味で『聖下』『台下』等という言葉もあるそうな。

まとめ


 名前は識別子であるゆえに、キャラクター間のバランスを考慮しながら、分かりやすさ・覚えやすさを重視した命名をしよう。創作人物の名前に限り、メリハリのために変な名前を付けることも時には有効だ。
 でも、自分の子供には『DQNネーム』を付けないように気を付けよう。将来、名前が原因で子供がグレてしまったら目も当てられない。

>RPG制作講座目次に戻る
posted by 砂川赳 at 06:00 | Comment(4) | RPG制作講座 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする