【王道長編RPG】完璧主義はエターなる?@ プレイヤー編

2014年09月27日

 制作中の作品で収集要素を実装するにあたり、『取り逃し要素』に関連して、ふと思ったことをつらつらと書いてみます。なんと、今回は心理学に挑戦です。

 プレイヤーが取り逃しを嫌がる心理というのは、『完璧主義』という性格傾向で説明できるようです。どうやら、自分とズレの大きな人に共通するプレイスタイルを分析すると、この性格傾向が大きいのではないかと思い当たりました。というわけで、この完璧主義について色々と調べてみました。

※注:以下はかなり突っ込んだ内容となります。結果的に完璧主義傾向がある人に対して、辛辣な内容も書いています。気分を害されるかもしれないので、あらかじめご了承ください。ただし、完璧主義の弊害に悩む人(特に作品を完成させられないエターナラー)にとって自分が伝えられることも書いたつもりです。

完璧主義なプレイヤー


 完璧主義/完璧主義者というのは完璧であろうとする性質や人のことです。そのまんまですね。『時間を守る』『納期を守る』『仕事は細部まで入念に仕上げる』『テストでは満点を目指す』といったタイプのようです。
 努力家である反面、『細部にこだわって仕事が遅くなる』『与えられた枠組みにこだわるため柔軟性に欠ける』『完璧にできないことは投げ出す』というきらいがあるようです。
 0か100かの両極端な性格と言えるかもしれません。

 参考までに適当に見つけた性格診断の例です。
http://shining.main.jp/enia1.html
 プラス面とマイナス面の内容がどう見ても矛盾してますが、これが両極端ということかもしれません。

 100問チェックでの診断もありますので、お暇でなおかつ「あたしってば完璧主義かも……」って人はどうぞ。下のタイプ1が完全主義者に当たりますので、ここのポイントで度合いが分かるかと思います。
http://shining.main.jp/eniatest.html
 ちなみに、僕は1番目に研究者が9ポイント。2番目に完全主義者が6ポイントになりました。完璧主義傾向もなくはないですが、研究者のほうが遥かにしっくり来るので異論ありません。

 これがゲームのプレイスタイルにおいてはどうなるか。ググってみたら、出るわ出るわの完璧主義ゲーマーの実例。軽度な例から極端な例まで順番に挙げてみました。

  1. ダンジョンは隅々まで歩いて、宝箱を回収。
    行き止まりに当たるとむしろ安心する。
  2. 期間限定要素などの取り逃しを嫌がる。攻略サイト見ながらプレイは当たり前。
  3. クリア後の隠しボスもきっちり倒す。全イベントを見ようと努力。
  4. お金、MP、消耗品、時間などのリソース活用は苦手。
    いらないアイテムを売って、お金に替えるというやり繰りは苦手。
    エリクサーのような貴重品を使うなんてとんでもない。
    ブレスオブファイア5のようにリソース活用を強いられるシステムは発狂もの。
  5. 店売りの最強装備が全員分整うまで先に進まない。
    既にボスを余裕で倒せるレベルになっていてもとにかく整える。
    かかる時間も気にしない。
    戦闘に参加しないキャラまで整え出すとさらに高レベル。
  6. 図鑑やアイテムは何の報酬もなくともコンプリートする。
  7. 逃走回数や全滅回数のカウントがあると酷く気になる。
    何かメリットがあるわけでもないが0を維持しようとする。
  8. 確率1%以下のレアアイテムを手に入れるまで、リセットを繰り返す。
    レアであれば大した性能がなくとも関係なく取得対象。
    FFTの某攻略本は絶対に許さない。
  9. 一つでも些細な何かを取り逃すと最初からやり直す。または投げ出す。

 上のほうに関しては普通のプレイヤーでも「あるある」だと思います。仲間を取り逃したなんてのは、僕でもやり直したくなります。幻想水滸伝なんて、仲間を揃えないとベストエンドにいけませんし。
 完璧主義傾向というのは、どのプレイヤーも程度の差はあれど、持っているといえそうです。特にヘビーゲーマーで完璧主義傾向が全くないなんて人は極めて稀でしょう。

 さて、ここで問題が発生するのが下のほう。例えば、制作者が「必要な装備だけ買って先に進めば丁度よい」という調整をしていた場合、『5』のタイプのプレイヤーに対しては、その想定が崩れます。
 もっとも、プレイヤーが好きでやっている限りはそれほど大きな問題ではありません。想定したバランスでプレイしてもらえないのは残念、とはいえ「俺はガチガチに装備を整えて、無双するのが好きなんだ!」ってのも悪くない楽しみ方でしょう。

 それだけならよかったのですが、話はそこに留まりません。完璧主義者の中には好きでやっているのではなく、『やらねばならない』という意識に縛られ、自ら疲れを買っている人がいるみたいです。

 例えば、僕自身は実際に以下のような意見を受けたことがあります。

プレイヤー
「アイテムの値段が高い。全員分の装備を完璧に揃えるのが大変で疲れる」


「えっ!? 疲れるならなんで全部買うの!?
 敵の強さで判断すれば、そこまでしなくても進めると分かるはず」


プレイヤー
「戦歴に逃走回数が表示されるから、気になって逃走できない。
 逃げずにプレイするのが面倒だ」


「逃げてもペナルティはないんですけど……。ていうか逃げてください」


 「誰に強制されているわけでもないのに、やりたくないことをやる」という感覚が僕にはほとんど理解できませんでした。僕にしても宝箱やサブイベントの取り逃しぐらいは気にします。しかし、それも「アイテムが手に入る」「イベントが見れる」というご褒美あってのものです。
 上記のようにご褒美のないことまで、完璧にする狙いは何でしょうか? 上については「装備を整えて無双したい!」のかとも思いましたが、どうも違うように思います。そもそも、聞いてみると楽しいわけでもないようなので、ますます不可解です。
 正直にいうと今までは「色んな人もいるもんだ」と流していました。色んな意見があるのは当然ですが、さりとて合わせていたらキリがありませんので。
 ですが、完璧主義者に関する記事を読んで、ようやく腑に落ちました。無関係だと思っていた複数の不可解な意見が『完璧主義』という線で一本に繋がったのです。この辺、結構自分はドライなほうなので、感覚が合わないはずです。

 察するに、完璧主義といっても『好きでやっているタイプ』と『強迫性でやっているタイプ』の二通りがいるのではないかと推測します。調べてみたら後者らしき人が「最近、ゲームを楽しめなくなった」「疲れるから、RPGは尻込みする」というようなことを、書いている例をいくつか見つけました。思っていた以上に重大そうです。
 これ『心理学』や『ゲームデザイン』といった分野にとっては、論文一つ書いていいぐらいのテーマな気がします。

 ぶっちゃけ『強迫性』に陥っていて、楽しさよりもストレスが大きいという方は、無理に完璧を目指さないほうが、何かと幸せになれるのではないかと思ったり。少なくとも『本当に気に入った作品だけやり込む』『それ以外の作品は適当に』みたいな融通を利かせたほうがよいかと思います。色んなプレイスタイルがあってもよいとはいっても、楽しくないなら本末転倒です。
 あくまでプレイスタイルを決めるのは、当人の問題ではありますが、適度に自制し「ゲームを楽しめなくなった……」なんてことには、ならないで頂ければと切に願います。

 では制作者側に何ができるかというと、何よりも取り逃し要素を減らすことでしょう。これについては、大半のユーザが意見一致すると思います。もちろん、一周が短く、周回プレイが前提なら、取り逃しがあるくらいのほうがやりがいが出るというのは否定しません。
 その他については、もう作者のお好みでよいかなと思います。というのも、仮説が正しければ、上の2タイプは正反対の心理反応を取るはずです。

例:魔物図鑑を用意した場合

  • 『好きでやっているタイプ』→ よ〜しコンプするぞ!
  • 『強迫性タイプ』     → げっ、コンプしないと……。

 そんなわけで、両方を満足させるというのは相当難しいはずです。ぶっちゃけ僕もこれ以上はどうすりゃいいのかよく分かりません。今後の課題というところですね。
 ……うん。ロクな結論は出ませんでした。それでも意識だけしておけばその内、役に立つ時も来るかもしれません。

※長すぎたので分割しました。
後編はこちら
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【RPG制作講座】最近のゲームはつまらない?

2014年08月16日

「最近のゲームはつまらん。昔のゲームは面白かった」

これはネット上なりリアルなり、色んな場所で飽きるほど聞いた意見かもしれない。「これだからゆとりは」「懐古厨、老害乙」みたいに、世代で分かれて罵り合いになることもあるが、こうなると不毛という他ないというもの。
しかし、これを不毛で終わらせるのはもったいない。つまらないと感じるからには、それ相応の理由があるはず。一度、自分なりの視点で検証してみたい。

※ちなみに筆者は見ての通りのSFC世代ですが、最近のRPGもそれなりに好きです。でも、たくさんプレイする時間がないのが悩みです。

というわけで、世間でよくいわれている意見と個人的な主観を織り交ぜながら、色々と原因となる候補を挙げてみた。

  • 思い出補正
  • 簡単すぎる
  • グラフィック偏重によるゲーム性軽視
  • 開発費の高騰
  • テンポの悪化
  • 長すぎるプレイ時間
  • マンネリ
  • 複雑すぎる

以降に詳細を記述してみる。一番に書きたかったのは『複雑すぎる』なので、面倒だったらそこだけでも読んで頂ければ。

思い出補正


筆頭はやはりこれ。「昔のゲームが面白かったのは思い出補正。今のゲームのほうが面白い」という意見。思い出や初見のインパクトに勝てるものはなしというのは、その通り。その通りだけど、こればかりはどうにもならない。

せめて、古い世代としては新しいものの邪魔をしないようにはしたいところ。「最近のゲームはつまらん。昔のゲームは面白かった」と大した理屈もなく唱え続けた上で、新しい作品を全否定してしまうでのは、老害といわれても仕方ない。

『最近のゲーム』といっても色々とある。FFとDQだけではもちろんない。批判は具体的かつ建設的にするように気を付けたい。そうならないためのこの記事でもある。

思い出補正なのか? 本当に面白かったのか? を見極めるには今一度、昔のゲームを改めてプレイしてみるとよいかもしれない。色々と勉強になるのでオススメ。

簡単すぎる


「最近のゲームは簡単過ぎて手応えがない」という意見。「昔のゲームはもっと難しかった」というのは錯覚もあれば、実際に難しかったものまで様々。

昔のゲームが難しかった理由として、今よりプレイヤーが若く未熟だったということも忘れてはならない。RPGなら、防御や補助魔法を有効に使うことを知らず、猪突猛進なプレイをしていた人も多いはず。

また、昔のゲームバランスは洗練されていなかったため、難易度には大きくバラつきがある。例えば、DQ2やFF1〜3を始めファミコンのRPGには今やっても非常に難しいものが多い。
しかし、同じファミコンでもDQ3や4ならそれほどでもない。人によってはPS2のDQ8のほうが難しいと感じる程度だろう。

全体的にはストーリー重視の流れの中で、簡単になったかな〜という印象があるけど、明らかに難しかったといえるのは、ファミコン時代まで。SFC以降、実際はそこまで難易度低下してないのでは、というのが僕の意見。

せっかくなので、新しいほうが難しいんじゃね? な例を挙げてみる。

  • FF5(SFC)→13(PS3)
  • サガ1(GB)→アンリミテッドサガ(PS2)
  • ポケモン赤緑(GB)→ダイヤパール(NDS)
  • 真女神転生2(SFC)→3(PS2)
  • ブレスオブファイア1(SFC)→5(PS2)


グラフィック偏重によるゲーム性軽視


とてもよく聞く意見。個人的にはグラフィックがよいこと事態は悪くないと思うし、ゲーム性が軽視されているという感触もさほどない。

これが言われ始めたのは、FF8の時代だったと記憶している。しかし、FF8に関していえば、ゲームデザインはFF2以来の挑戦的な作りであって、その是非はともかくとして「ゲーム性を軽視している」なんて、単純にいわれる作品とは思わない。
そのFF8にしても今は昔。とはいえ、それ以降の作品にしてもゲーム性軽視という印象はさほどない。むしろ、システム自体は凝ったものが多く、調整にも長く時間をかけているという印象。

もっとも、僕はゲーム性に関して「手抜きはしてない」と言いたかっただけであって、グラフィック重視による問題がないとまではいえない。

  • 開発費の高騰。
  • 演出時間によるテンポの悪化。

なんかは大いに問題かと思う。その詳細は次へ。

開発費の高騰


これで何が一番困るかというと発売される作品自体が減ってしまったこと。特に開発が大変な長編RPGは数が減って寂しい限り。数が少ないということは、単純に良作との出会いも減ってしまう。

この流れを変えるのは、もはや難しいかもしれない。個人的にはアマチュアが少人数で手軽に長編RPGを出す時代が来れば面白いかなと思っている。もっとも、年単位の制作期間が当たり前のものを『手軽』といっていいかは怪しいけれど……。

テンポの悪化


「長いロード時間や演出時間などによるゲームテンポの悪化。これこそが、最近のゲームをつまらなくしている」という意見。これは個人的な実感からも、間違いなくその通り。

制作者としては、見た目にばかりこだわってテンポを犠牲にすることがないようにしたいところだ。というかテンポの良さだって立派に『見た目』の一つなので、見栄えにこだわる人なら、なおさらこだわって欲しい。

もっとも、昔のゲームについても『テンポが良い』とは言い切れない部分がある。なんせファミコンのゲームなんて、ウィンドウを描画するだけで、もっさりだ。ちゃんと比較すると、ファミコン版のDQ3よりも、PS版のDQ4や7のほうがロード時間や戦闘テンポが速かったりする。

新しい作品だって、テンポを改善している例もたくさんあるので、そこは評価されてもよいと思う。

長すぎるプレイ時間


「長すぎるプレイ時間こそが、最近のゲームをつまらなくしている元凶」という意見。個人的にはとても同意したい。

例えば、SFCのRPGには10〜30分程度でダンジョンが攻略できて、次々と新しいイベントへ進めるようになっている作品が多い。プレイが濃密になるので、熱中して冷めることなく進むことができる。ゲームクリアも15〜30時間とお手頃だ。

これが今は1ダンジョン2〜5時間とか、かかるのが当たり前になっている。長くなったぶん、内容が盛り込まれているかといわれると、そこは作品次第だ。コピペダンジョンやお使いクエストで水増ししているだけのこともある。
ダンジョンだけでなく町も広くて、疲れるのなんの。ゲームクリアまで50時間オーバーが当たり前。まさに社会人殺しだ。

ていうか、無駄なところを削ったら開発費も抑えられるだろうに、何でそうしないのかと問い詰めたい。小一時間ほど問い詰めたい。

マンネリ


「メーカーは確実に売れる人気シリーズ作品ばかりを作っている。結果、マンネリになっている」みたいにいわれるアレ。続いて「既存の枠に捕らわれない斬新な作品を作る必要がある」みたいに続く。

一理ないこともないけれど、現実の結果を見る限り、個人的には違和感もある。というのも、どうも実際に売れている(=プレイヤーに求められている)作品は手堅い作りのシリーズ作品が多いように感じるからだ。
例えば、以下のシリーズなんかはマンネリ気味傾向もあるけれど、それでもなかなか安定している。

  • ドラクエシリーズ
  • ポケモンシリーズ
  • ペルソナシリーズ
  • テイルズオブシリーズ
  • 英雄伝説(軌跡シリーズ)

奇をてらって挑戦的なことをしたり、作風のブレがある(=マンネリでない)シリーズほど、衰退しているように思えて仕方ない。また、開発期間が空いてタイトルが長くリリースされてない作品も衰退する傾向にある。

  • FFシリーズ
  • サガシリーズ
  • ブレスオブファイアシリーズ
  • ワイルドアームズシリーズ

単なる品質低下で没落しているだけのような気も……。

人気シリーズというのは、需要があるから人気シリーズなわけで、それを大切に作り続けること事態はユーザの期待に応える意味でも悪くない。(さすがに乱発までは肯定しない。)また、シリーズたるものゲームデザインを急激に変化させると、ユーザも戸惑うというもの。よって手堅い作りで何が悪いのかなと。

  • シリーズものをユーザの期待に応えるようにしっかり作る。→売上を出す。
  • 売れた余力で、新規タイトルにも挑戦する。
  • 結果を出した新規タイトルもシリーズ化する。

って感じでいいと思うのだけど、どうだろう?
いえ、大して面白みのない意見であることは百も承知。ただ、売上という数値を見れば世間は思っているほど『斬新さ』を重視していないのではないかと。

複雑すぎる


個人的に一番力説したかったのがこれ。まず「最近のゲームは複雑すぎて、取っ付きにくいのではないか」というのが一つだが、そこに今回は重点を置かない。

力説したいのは、多くの要素を盛り込んで内容が複雑になった結果「開発者自身が『シンプルな面白さ』を見失ったのではないか」ということ。シンプルな面白さって何ぞやという点については、これから例を挙げて説明してみる。

「ドラクエは『はがねのつるぎ』を買う頃が一番面白い」という説をご存知だろうか? これはドラクエの面白さを語る時によく出る話だ。なぜ、そう感じるのかということを突き詰めてみたい。

とあるプレイヤーのDQ3

  • 新しい町に着いたぞ。早速、店に行こう。
  • 武器にしようか、防具にしようか?
    1000Gしかないけど、はがねのつるぎ(1500G)が欲しいなあ。
  • 魔物を倒してお金を稼ぐぞ。
  • やった! ついに念願のはがねのつるぎを手に入れたぞ!
    攻撃力が一気に9アップ!
    お下がりの『くさりがま』を僧侶に持たせて、さらにパーティ強化!
  • キラービーが一撃だ! これで塔も攻略できる!

何の変哲もないプレイの一形態である。しかし、この中にプレイヤーが面白いと感じる点がいくつも凝縮されていることが分かるだろうか?

  • 新しい町に到着して、店を覗くワクワク感。
  • 武器か防具か。何を買うかを悩む楽しさ。
  • 目標を立ててお金を稼ぐことによる達成感。
  • 戦闘が楽になって、キャラクターが強くなったという実感。
  • 次なるダンジョン攻略に駆り立てる挑戦心。

実にシンプル。各要素が明快に面白さに繋がっている。

振り返ってみて、最近のゲームはどうだろうか? こういったシンプルな面白さを超えているだろうか? 以下のようになっていないだろうか?

  • 強い武器は宝箱から簡単に手に入る。達成感がない。
  • 店の装備は簡単に買える。買い物は装備を全て更新するだけの作業。
    達成感もなければ悩む楽しさもない。新しい店があってもワクワクしない。
  • 宝箱、戦利品、店……というように少し進むと次の装備がすぐ手に入る。
    結果的に装備を変えても一個あたりの変化は小さく、
    キャラクターが強くなった実感に乏しい。
  • 敵も大して強くないので苦戦しない。
    だからやっぱり、キャラクターが強くなった実感に乏しい。
  • 次のダンジョンもどうせ余裕なので、何も考えず突っ込むだけ。

最近はこんなゲームが珍しくないようにも思う。アイテムが大量にあって、宝箱からも魔物からも店からも次々と入手できる。一見、嬉しいのだが結果として、ひとつひとつの事象が軽くなってはいないだろうか?

とても色んな要素が盛り込まれているはずなのに、気づいてみればファミコンのゲームよりも悩む楽しさがない。プレイは単調。しかも、面白さに貢献していない数々の無駄要素によって複雑さと面倒臭さだけは格段にアップ。そんな風にはならないように自戒したい。

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posted by 砂川赳 at 06:00 | Comment(24) | RPG制作講座 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

【RPG制作講座】作品を完成させる!

2014年02月08日

制作初心者にとっての最大の壁。それは『作品を完成させること』である。

Web上で開発記録を公開しているような作品は多数あれど、その内、完成に漕ぎ着ける例はそれほど多くない。Webで公開なんてことをやっているからには、それなりにやる気もあるのだろうけれど、それでも完成にはなかなか至らない。
はっきり言って、この界隈では制作を中途放棄する人を見ることは珍しくも何ともない。それこそ制作の中途挫折を意味する『エターなる(エターナるが正?)』なんて言葉が定着してしまったほど。
※エターなるの由来は特に説明しませんが、ググれば出てきます。

これを読んでいる方だって、制作経験があるならば、途中で投げ出した経験の一度や二度はあることだろう。この巨大な壁を乗り越えるため『作品を完成させること』を考察していきたい。

※この記事はエターなる経験者にとって、肺腑をえぐるような表現が含まれている可能性がなきにしもあらずです。ご注意ください。

そもそも完成させるべきなのか?


「別に完成しなくてもいいじゃないか。中途半端な作品なんて放り出してしまえ。それでも経験は積んでいるのだから、いずれ何年後かに自分の理想とする一作ができればいい」そんな考え方をする人もあるかもしれない。

だけど、それでもやはり作品は完成させるべきだと思う。

ゲーム制作には、最後まで完成させることで初めて勉強になる部分がある。たとえば「終盤のバランスの取り方」「エンディングによる物語の締め方」などだ。

そして何より、完成作を人にプレイしてもらい、感想をもらうことによる恩恵が大きい。なんせ、初めて完成させた作品というものは、プレイヤーのことを顧みない自己中なものになりがち。
「自分は何十〜何百時間と苦労したのだから、プレイヤーにも多少の面倒はかけてもいいだろう。このダンジョンでは2時間ぐらい迷ってもらおう」
これは凄くありがちな思考パターン。そのくせ自分のテストプレイでは、最短ルートを通って10分で抜けてたりすると始末が悪い。プレイヤーにそっぽを向かれる経験を積んで、こういうのは矯正されていく。

そんなわけで、製作経験は多くあっても、完成経験が乏しいようでは十分な経験があるとは言い難い。『作品を完成させる』というのも大事な技術の一つ。たとえ、何千時間と努力していても、作品を完成させる方法を知らなくては、同じことの繰り返しになりかねないというわけだ。

世間には、作品を途中で放り出すことを繰り返しているプロの作家や漫画家もいるが、そうなるとクリエイターかつ社会人としての信用は大きく落ちてしまう。「どうせ、また投げ出すんだろ?」「こいつに仕事を依頼するのはやめておこう」となってしまう。
アマチュアのゲーム作家にしても、きちんとした完成作があるかないかで、信頼度は段違い。これは特に協力者を募りたい場合に重要となる。

やはり、妥協があってもよいから作品は完成させたい。

で、この記事を書いている当人はどうかというと、エターなる率はかなり低いほうだと思う。RPG以外も含めると、中学生の頃にエターなったのを最後に10作品程度を連続で完成させている。RPGツクールだろうが、SRPGツクールだろうが、3Dシューティングツクールだろうが、デザエモンだろうが、開発に50時間以上かけた作品は全て完成させたと記憶している。たとえ、つまらない作品だろうがとにかく完成させている。

そんな僕なりにエターならない作り方を考えてみた。あくまで完成経験に乏しい人を対象に書いているので、ある程度の完成経験があるという人はこの限りではない。

いきなり大作にしない


いきなり大作を目指さない。もし、長編を作るならば年単位の製作期間を覚悟しなければならないが、簡単にできることではない。

目指すのが短編だろうが長編だろうが、まずは小さな話を作ろう。舞台は世界より大陸。大陸より島。島より町。というように最初は小さな範囲で考えていこう。
小さな話を完成させた後で、まだまだ長くしたいと思えたならば、そこから拡張していくような作り方をすればいい。長編だって、短編の集まりのようなものなのだから。

例えば……

  1. 村娘が魔物にさらわれる。
  2. 魔物を退治して、村娘を助ける。
  3. 村娘と一緒に捕らわれていた謎の少女が実は王女だった。
  4. 王女を城に返しに行くことに。
  5. 城では国王が病に倒れ、不穏な空気が……。

こんな感じでどんどんと繋げていく。やる気がなくなれば「2.」の段階で短編として完成させればよいというわけだ。

骨格を作る


優先して『ストーリー』『マップ』『必要なゲームシステム』といった骨格となる部分を作ろう。これらさえできれば、作品の形はできてくるので、後の部分は何とかなる。それ以外の重要でない要素は後回しにしてもよい。

逆に言えば、骨格ではない部分の制作に逃げてはならない。『逃げる』とは本編のストーリーもマップもロクにできていない段階から、寄り道要素を盛り込んでみたり、ひたすらアイテムや敵のデータばかり作ること。そうやって、いつまでも本編に着手しないような行為を指す。

自分の経験則だが、制作初心者には『隠し要素』や『寄り道要素』といったものをやたらと作りたがる人が多い気がする。どうも市販RPGにはお決まりのようにあるからなのか、真似したくなるらしい。
当然ながら、こういった要素は作品の完成が見えてから盛り込めば十分だ。まともに完成していない作品に対して、寄り道要素やクリア後の隠し要素が充実していたって仕方がない。

とにかく本編を作ろう。

省略できるように作る


『いきなり大作にしない』に書いたのとは別の方法も紹介。やる気をなくした時は省略してでも完成させる。あるいは、省略できるように最初から作っておく。

例えば……
「魔王のしもべである十魔将と戦い、最後に魔王と決着をつける」という壮大なストーリーを考えていたとする。制作途中で飽きた場合は『十魔将』を『四魔将』に減らしてでも完成させてしまおう。

要するに、物語の最初と最後を先に考えておき、間は中抜きできるように作ってしまうという方法だ。

細部にこだわらない


過剰なリアリティなど、細部にこだわって自分の首を絞めない。
例えば……

  • この町は大都市だから、住民を100人配置しよう。
  • 民家は現実と同じように二階建てが当たり前。
    もちろん、寝るところやトイレ・浴槽も必ずなくてはならない。
  • 時刻の概念を導入しよう。
  • 町人は話しかける度にランダムで違う内容を話すようにしよう。
  • 食料と満腹度の概念を導入しよう。
  • 全ての防具には斬打突炎氷……というように超詳細な耐性をつけよう。

ゲームシステムとして面白くできるという自信があるならともかく、単なるこだわりで細部まで作業を増やすのはお勧めできない。こういうのを目指すのは作品を完成できるようになってからでいい。一度、作品を完成させれば「どれぐらいの手間がかかるか?」という現実も見えてくるはず。

複雑なイベントは避ける


複雑になりそうなイベントは無理して作らないようにしよう。実力を大きく越えて複雑なイベントを作ろうとすると、中途挫折の決め手になりやすい。

よく使われるイベントで難易度が高いものの例を挙げてみる。

武闘大会

いわゆる『天下一武道会』など、漫画でもゲームでもおなじみの展開。これをやろうという人も多いと思う。しかし、『大会会場のマップ』『控室などでの他出場者との会話』『大量の観客』『毎戦闘事の会話』『複数回の戦闘』などなど、きっちり作ろうとすると、かなり大変なイベントである。

もっとも、このイベントは手を抜ける部分も多い。例えば、受付で会話後に画面転換して戦闘させるだけなら大して手間はかからない。武闘大会とは少し違うけど、FF6の『竜の首コロシアム』なんて、とってもシンプル。

戦争

物語において、国家同士あるいは人間対魔物のような騒乱を描く必要があることは多い。そこで必要となるのが戦争イベント。けれど、やっぱりこのイベントも大変。なんせ大量の兵隊を扱う必要があるのだ。配置するだけでも一苦労。さらに細かい動きをさせるなら、もっと苦労。

主人公達も参加するイベントの場合は、ゲーム的にどう折り合いをつけるのかというのも難しい。比較的、楽なところでは……

  • 味方の軍を陽動にして、自分達は少数精鋭で敵地に潜入する。
  • 戦場を駆け巡って敵司令官を倒す。
    シンボルエンカウント&ランダムエンカウントで敵が大勢いることを表現。

サガフロンティア2や幻想水滸伝のように、別システムでのシミュレーション型戦闘を用意しようなんて考えると大変だ。


こういったイベントをやろうとして大変さに挫折したという人、いないだろうか? かくいう僕も無理に武闘大会をやろうとして、挫折したことがあったりするのだけど……。

難しそうなイベントは着手する前に、どんなシーンがあって、どんな作業が必要となるかよく考えておこう。手に負えないと思ったならば、他の簡単なイベントにするか、手を抜けるところを探してみよう。

効率の悪いシステムは避ける


効率の悪いシステム設計を避けて、効率の良いシステムを目指す。「効率の悪いシステムってなんぞ?」と思われたかと思うが、具体的にはDQ6のように「制作の手間がかかる割にプレイヤーからの評価が上がらないシステム」のことを指す。

DQ6には『多人数の仲間システム』と『転職システム』という二つのシステムが並立しているが、転職による職業の個性が、仲間の個性を潰してしまっていると言われることが多い。結果的に『仲間の個性に特化したDQ4』『職業の個性に特化したDQ3』などの作品と比較しても、システム評価が高いとは言えない。しかし、DQ6のシステム制作にかかる手間はこの二作を大きく超えているだろうことは想像に難くない。

システムを設計する際はこういった二つの要素が競合しないシンプルな設計にするとよいだろう。その方が少ない手間で作品を面白くしやすい。もちろん完成もしやすい。

無理に自作しない


経験が乏しい状態で、素材やゲームシステムをほぼ自作するというのはかなり厳しい。最初は無理せず、フリーの素材&スクリプトを使用したり、開発ツールのデフォルト素材&システムを中心とするほうが無難だろう。

もしやる場合でも、狭い範囲から挑戦していくとよいかと。

  • 仲間メンバーのキャラグラだけ自作する。
  • 聞く頻度の多いフィールド曲だけ自作してみる。
  • 戦闘はツールのデフォルトだが、成長システムは自作してみる。

などなどだ。

グラフィックや音楽の差し替えは開発途中でも案外できる。開発終盤に余裕ができたのでやってみようという感じでもよいだろう。

モチベーション


制作に対するモチベーションの持ち方についても書いておく。

「モチベーションを高くするにはどうしたらいいか?」というのは多くの人が思うところだろう。けれど、個人的な意見を言えば、そもそも無理に高いモチベーションを保つ必要はないと思っている。

というのも、強いやる気を出して、一気に制作に取り掛かったところで、制作期間が一ヶ月〜二ヶ月〜三ヶ月と伸びていくに連れて、維持が難しくなってくる。『熱しやすく冷めやすい』なんて言葉の通り、冷めた時に挫折スイッチが入るのが関の山。

特にいちいち何かやる度に、成果や反響を求めてしまう性格の人は要注意だ。反響があろうがなかろうが、黙々と地味な作業の連続に耐えられる根気がなければ、長編の完成は難しい。

何でこんなことを書くのかというと、

  1. 制作開始。
  2. 凄くはりきる。
  3. 徐々に制作のキツさが分かってくる。
  4. だんだんクールダウン。
  5. エターなる。

というような制作初心者の必殺コンボを何度も見てきたからである。

そんなわけで、普通のモチベーションで日課のように淡々と制作すれば十分かなと思っている。もっとも、モチベーションの持ち方なんて、個人差があって当たり前なので、あくまで僕の意見ということで。もちろん、短期で制作できるような規模の作品ならば、一気にやるのもよし。

もし、エターなったら?


それでも、エターなってしまった場合も、データを削除するのだけはやめよう。もしかしたら、またいつか作品の制作を再開したくなることもあるかもしれない。その作品は永久凍結するにしても、部分的に流用できることもあるかもしれない。

そして重要なのは、自分が「なぜエターなってしまったのか?」という分析だ。

  • ストーリーをうまく作れなかったため?
  • 書いた脚本が恥ずかしくなったため?
  • マップ制作が面倒になったため?
  • やりたいシステムを実現する技術がなかったため?
  • 満足のいく素材が用意できなかったため?
  • クオリティに自信が持てなかったため?
  • 時間が取れなかったため?

エターなる理由も人それぞれだろうから、その対策も簡単には言えない。それでも、自己の分析こそが『脱エターナラー』の一歩となる。

例えば、僕は「中学生の頃にエターなった」と書いたが、その理由は「ストーリーをうまく作れなかったため」というのが大きい。どうも、当時の僕はストーリーの制作にそこまで興味がなかったのだと思う。なので、ストーリーで無理をしない作品にすることで、次は完成させることができた。

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