【王道長編RPG】完璧主義はエターなる?A 制作者編

2014年09月27日

 前編はこちら

完璧主義な制作者


 さて、前編で終わるつもりだったのですが、そうはいきませんでした。極めて重大な情報が目に入ったためです。それは……

 完璧主義者はエターなりやすいということです。
 ※エターなる:作品を制作途中で放棄することの意。

 !?

 ……この情報には僕も驚愕を隠せません。完璧主義者はプレイヤーとしては、アイテムコンプのような地道な作業を完遂できる性質を持っています。相当な根気強さを持っているため、どちらかというと、完成できるタイプなのだと考えていました。
 それがなぜ、エターなるというのか? これは「人はなぜエターなるのか?」という命題を追求してきた僕としては看過できません。エターナルのメカニズムを解き明かし、より多くのエターナラーをエターナルの海から救出することこそが、RPG制作講座の至上命題といっても過言ではありません。

 というわけで、徹底調査しました。完璧主義者の心理についてはかなり豊富な調査結果があるようです。元完璧主義者&現完璧主義者の証言もそこら中にあって、非常に参考になります。僕だって、今までにも幾人ものエターナラーを見てきました。SFCの初代ツクールをいじっていた頃は自分自身も何度かエターなりましたので、多少の心理も分かります。幸い脱出に成功しましたが……。

 そういった調査結果を分析し、推論と検証を行うことで、かなりの答えを導き出すことができました。ゲーム制作という分野において、ここまで詳細なエターナルメカニズムを暴き出したのは、この記事が初めてではないでしょうか?

※若干、誇張がありますが分析自体はわりと真面目です。当ブログの過去の講座と比較しても、気合の入った記事となっています。

なぜ完璧主義者はエターなるのか?

 まず、完璧主義者は細部までこだわって時間をかける傾向があります。これは予想通りですが、その結果、力尽きて作品を完成できないことが多いようなのです。
 じゃあ、質を落としても作業を速めたらいいじゃないかと思うところですが……。曰く「100%が無理なら、0%でも90%でも大差ない」「下手なまま完成させたくない」というような思考をたどって、妥協するぐらいなら投げ出すという選択をしてしまうのです。
 完璧主義とは「完璧にする」ではなく「完璧にありたいと考える」であり、そのため「完璧にするのが困難ならば投げ出す」という行動も取るわけです。何かと完璧にしてきた人達は、それだけにその大変さを内心では理解しています。だからこそ『したい』とは考えても『する』とは限らないということですね。
 この投げ出すという性質によって、一見すると全く完璧に見えない人が完璧主義者だということもありえますので、注意してください。そのような、隠れ完璧主義についても上の性格診断やゲームのプレイスタイルを見れば判明する……はず。

 では、そもそも完璧主義者はなぜ完璧を目指すのでしょうか? まず、思いつくのは『向上心』がそうさせているという考えです。実際そういう説明をしているところが多いですが、それにしては説明のつかない行動が散見されます。例えば「時間効率を軽視する」「価値の低いことに時間をかける」といった性質です。
 向上心だけが理由ならば、これらも軽視できません。向上心もあるでしょうが、それだけでは説明不足です。

 そこで、僕の出した推論は、完璧主義の方は『いらない物を捨てる判断が苦手』『自分で課題を決めるのが苦手』というように『決断』や『判断』そのものが苦手ではないかということです。

  • 捨てられないから、何でもかんでもやってしまう。
  • 自分で決められないから、外部から与えられた課題に飛びつく。なのに、本心からやりたいことではないのでモチベーションが低い。
  • 引き際の判断が苦手だから、楽しくないことでも100%まで続けてしまう。
  • 課題を立てて徐々にステップアップすることを知らず、いきなり無謀な目標を意識して挫折する。(

 要するに『度合』を決めるのが苦手だから、必然的に「最後までやる」か「早々に放り出す。または最初からやらない」になっていたという推論です。考えてみれば「70%で切り上げる」という行為には意外と意志の力を要すものですから。

 なぜ、判断や決断が苦手なのかというと、完璧主義の人は「人の期待に応える」「人の賞賛を受ける」ことの優先順位が高いからだそうです。相対的に「自分で考えて決める」「自分がやりたいことをやる」「やりたくないことはやらない」という意識が弱くなるわけです。
 人の期待に応えるために『結果』をモチベーションとすると、反面『結果のための過程』が苦行になりがちです。なんせ、ゲーム制作は長丁場ですから、制作過程を楽しめなければ、終わりのない苦行になってしまいます。
 他者の反響を意識する心理が強いことから、失敗を恐れる心理もまた強く働きます。その結果、意外にも『優柔不断』に陥りやすく「こんなに頑張ったのに不評だったらどうしよう。やっぱり作りなおしたほうが……」となって初志貫徹できずにエターなるというわけです。

 このような『失敗を避ける』という心理は、完璧主義ゲーマーのプレイスタイルとも一致しています。装備を完全に整えていれば、敵に負ける可能性は低くなるというわけです。
 ですが、逆説的にそれは『失敗から学ぶ』機会の喪失も意味します。一般的なプレイヤーならば、敵が強くて負けた際に「このボスは力が強い。次は守備力を重視した戦術を試してみよう」というように、自然と失敗から学んで試行錯誤する経験を積むことになります。また、強敵相手に戦うには臨機応変な対応が必要ですから、自然と判断力を養えます。
 これはゲームのプレイスタイルに限定したわけでもなく、普段の生活全般にもいえる話です。入念な準備をすると失敗は避けることができる。……が、同時に失敗した後の克服を学ぶ機会が減少します。

 完璧主義的なエターなる要因をまとめると……

  • ステップを無視した高すぎる目標意識。
    「よし、FF級の超大作RPGを作るぞ!
     一度も作品を完成させたことないけどイケるイケる!」

  • 質やこだわりを重視して、時間を顧みない。
    「FF級といえば当然フルボイスだな。
     今の内に俺もヴォイスの練習やっとくか!」

  • 判断力・決断力の不足。特に取捨選択が苦手。
    「予定だと仲間が50人を超えるな。
     減らしたほうが……。いいや、全員出してしまえ!」

  • 自分がやりたいことより、他者からの反響を優先する。
    「これが完成したら、俺も有名クリエイターだな。
     きっと、女の子にもモテモテだぜ!」

  • 過程を楽しめない結果偏重主義。
    「マップ制作とかストーリーとかスクリプトとかダルいな……。
     誰か他の人がやってくんないかな……」

  • 無謀な目標に真面目な性格が合わさった自己への過剰負担。
    「徹夜で作業したからしんどい……。
     でも、これぐらい頑張らないと終わらないよな」

  • 終わりが見えない作業への不安。
    「まだ、一割もできてない。いつになったら終わるんだろ……」
  • 失敗への恐怖による優柔不断。
    「完成してもつまらないかも。
     やっぱりアクションRPGとして作りなおそうか……」


 「」内は多少誇張してますが、こうしてみるとエターなる要因が満載ですね。能力や根気といった要因を除けば、エターナル要因をほぼ網羅している気すらします。
 人間には個性があるし成長もするので、完璧主義傾向があるからといって、全部が全部当てはまるとは限りません。それぞれの根本は似たような心理かもしれませんが、個別に克服している方もいるでしょう。
 もし、全部当てはまったという方がいれば、相当な真正エターナラーです。天地がひっくり返っても完成することはないので、意識を改めましょう。

 完璧主義を自覚しながらも、実際に作品を安定して完成できている方は、何かしらの柔軟性を持っているのだと思います。例えば「時間効率を考慮できる」「興味がないことは手を抜く」などです。
 柔軟性をあまり持たないまま、努力と能力でねじ伏せることによって、大作を完成させる方もたまに見かけますが、やはり負担が大きいようです。ユーザからの批判に敏感なことも合わさって、非常に疲れやすい傾向が見えます。あれでは「よし次の作品を作るぞ!」というモチベーションを起こすのは大変でしょうね。

 以上の考察が正しければ、完璧主義がなぜエターなるのかが実によく分かります。というのも、話を聞けば、自分が作品を完成させる際に重視する点と一致しないからです。つまり、行動原理やモチベーションの持ち方が異なるということです。詳しく説明してみます。

 完璧主義が数々のエターナル要因を網羅するため、その対策も広く網羅したものになります。くしくも、完璧主義者に限らない多数のエターナラーに適用できるものになりましたので、皆様ご参考にください。

エターならないために!

 というわけで、僕が実践している方法を中心にエターナル対策を紹介していきます。意識してやっているものもあれば、自然とやっていたものもあります。ここでは制作意識の持ち方といった内容が中心になりますが、過去には具体的な制作技術を書いています。よろしければ、こちらもご参考にどうぞ。
 →作品を完成させる!

 まず、モチベーションの持ち方ですが、僕は「下手から上手になっていく過程」が大好きなのです。人に見せるかどうかはともかく、途中の下手な成果物も記念碑として残しておきます。自分の成長が形として残るなんて最高です。
 ドット絵をやったり、作曲をやったりとそれまで経験の薄かった分野にチャレンジするのも、この性質から来ています。できなかったことを努力して、できるようにするのが楽しいのです。だから、最初は下手でも気にしません。というか、下手じゃないと上達が実感できないので物足りません。
 黒歴史RPGのリンクを貼っているのは、上達を実感できる記念碑だからでもあります。努力したらこんなに伸びるんだぞと。もっとも、あれだって何年か経験を積んだからこそできた作品ではありますが。
 というように自分の努力や成長を楽しみ、モチベーションとすることが第一です。ただし、色々と挑戦することまではそんなにお勧めしません。どちらかというとエターナル要因なので、好きな分野に絞って、後はフリー素材の活用等をお勧めします。

 作品への時間のかけ方だけみると、僕も完璧主義っぽく見えるかもしれませんし、実際一種の完璧主義かもしれません。ただし、過去に20以上の作品(ゴミのような短編含む)を完成させた上でやっています。これぐらいやらないと過去作品を越えられないというだけで、実際には少しづつ階段を登ってきています。
 最初の頃に作った作品は出来が悪くて、本当に見せるに忍びないという感じになるかもしれませんが、その場合は無理して公開する必要もありません。身内向けのバカゲーを作って内輪に見せるだけでも全然OKです。とにかく気楽に完成させてみるといいでしょう。

 思えば、今の時代はプロ顔負けのフリゲが出回っていたりするので、比較して気後れしてしまうというのはあるかもしれませんね。「努力しても、こんな凄い作品に勝てるのか……? 自分の作品に価値があるのか……?」と不安になるかもしれません。昔はそんな比較対象はありませんでしたから。
 ですが、そんな比較は疲れるだけです。見習うのはよいですが、仮想ライバルとするのは早すぎます。気にせず気楽に楽しみながら作っていればよいのです。その内、何作か完成させてみたら「おっ!」と思える作品ができあがります。自分なりの味みたいなものも出てくるので「他の作品にはない価値」を見出だせるようになってきます。
 そうして、自信ができたなら、初めて仮想ライバルを持つとよいかもしれません。おすすめは「自分よりちょっと上の人」です。時折、アマチュア評論家が出来の悪い市販ゲームに対して「こんなの俺でも作れる!」と豪語してたりしますが、そういう意識も悪くありません。「船頭多くして船山に上る」なんていう言葉もあって、アマチュアが大規模開発のプロより面白いものを作ることは珍しくありません。

 話を戻して意識の持ち方です。僕の場合、目的意識なく物事を続けないように普段から心がけています。重要度が低いことは完璧を目指しません。得るものがないと判断すれば、スパッと見切りをつけて効率よくやりたいことに時間を注ぎます。本当に向上心があって完璧を目指すならば、こちらのほうがよっぽど理にかなっていると思ってます。
 もちろん、仕事は忙しくなければ真っ先に定時退社。お陰様でリアルでドライ&クールな人扱いですよ……。睡眠だって、きっちり取ります。自分に負担をかけるようなやり方はどうせ長続きしませんので。

 そして行動原理。本音を言うと「人の期待に応える」なんて意識は最初から大して持っちゃいません。基本的には「自分がやりたいことをやる」というのが第一です。人に見せるのはあくまで第二です。快適性を重視するのは他者への配慮よりも、自分がプレイヤーとして快適にやりたいからです。
 そんな考え方で良いのかというと、良いのです。自分が楽しめる作品を作れば、人が楽しめる作品も自然とできあがるもの。Win-Winの関係というやつですね。感性が合わない人ももちろんいますが、世の中には色んな人がいるのだから、気にしてもきりがありません。

 てな感じで、完璧主義が原因で作品を完成できない、という人は意識を変えてみるとよいかもしれません。このタイプは努力家という最高の才能を持っているわりに、それが空回りしてしまう。結果、高い理想と現実のギャップに苦しむという損な人が多そうです。
 ですが、それだけに柔軟性を手に入れて、作品を完成させることを積み重ねていけば相当良い線いけるんじゃないかと思います。

 そして、完璧主義の方はネガティブなスパイラルに陥りやすいとのこと。挫折が続くと「自分には才能がない。努力したって無駄だ」なんて思考の落とし穴に陥りがちです。
 しかし、才能ってものは『有』か『無』かのようなそんな単純なものではありません。僕も色んな作品をやってきましたが「この作者は才能がない。努力したって無駄だ」なんて思ったことは一度足りともありません。
 もちろん、つまらない作品もありますが、その場合もつまらない理由があります。大抵は「物語が平坦」「テンポが悪い」「システムが無駄に複雑」みたいに明確です。理由があるということは改善できるということです。

 ロクに努力したことがない人間ほど「才能がない人間は努力したって無駄だ」みたいなことを安直に言いますが、気にすることはありません。努力したことがない人間には「努力したら人間は伸びる」という当たり前のことが理解できないのです。
 僕は努力厨なので「自分が努力することで伸びた」ということをはっきりと把握しています。でもって、分析厨なので人の作品を見ると、改善できる点がワラワラ浮かんできます。もし、改善できる点が浮かばないとしたら、それは本当に完璧なので僕には指摘できないというだけです。
 改善できる余地があるということは、努力する余地もあるということ。「努力したって無駄」なんて結論にはなりません。逆に言えば、本当の意味で才能がないといえるのは「努力しない」「学ばない」「挑戦しない」人達です。

 もっとも「努力したら夢が叶うのか?」といったことまでは保証できません。保証できるのは「努力したら夢に近づく」ということまでです。
 ですが、そもそも『叶う』『叶わない』という二者択一自体が柔軟性を欠いた完璧主義思考といえます。その夢は本当に100%叶えなければ駄目なのでしょうか。1%でも叶えたならば、0%よりはマシだと思いませんか?
 例えば、漫画家になりたいという夢だと……

  1. 有名誌に連載して大ヒット。億万長者。
  2. マイナー誌で連載して小ヒット。生活できる程度の給与をもらう。
  3. 副業として同人誌を出して小遣い稼ぎ。
  4. 趣味としてWeb上に無料公開して、ちょっとした人気を得る。
  5. 身内に見せてウケを取る。

 というように色々とあります。『1』を達成しなければ意味がない、なんて理由はあるでしょうか? 『3』でも達成できたならば儲けものですし、その後で『1』や『2』を狙うことも十分可能です。『1』じゃなければ駄目だというならば、そもそも漫画を描くこと自体がさして好きでないのでは、となりますよね。
 『4』や『5』では利益がないから意味がないという人もいるかもしれません。でも、せっかく空いた時間があるなら、好きなことに時間を使いたくありませんか? 特に「仕事がつまらない」なんて人は何もしなかったら「人生がつまらない」にまっしぐらです。


 以上。……こんなに頑張って記事を書いたのは久しぶりです。期せずして「人はなぜエターなるのか?」という永遠の命題にかなり迫れたような気がしたので、湧き上がるものがありました。内容が長すぎて混沌としているのでこの記事は今後ともちょくちょく整理するかもしれません。
posted by 砂川赳 at 06:00 | RPG制作講座 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

【王道長編RPG】完璧主義はエターなる?@ プレイヤー編

 制作中の作品で収集要素を実装するにあたり、『取り逃し要素』に関連して、ふと思ったことをつらつらと書いてみます。なんと、今回は心理学に挑戦です。

 プレイヤーが取り逃しを嫌がる心理というのは、『完璧主義』という性格傾向で説明できるようです。どうやら、自分とズレの大きな人に共通するプレイスタイルを分析すると、この性格傾向が大きいのではないかと思い当たりました。というわけで、この完璧主義について色々と調べてみました。

※注:以下はかなり突っ込んだ内容となります。結果的に完璧主義傾向がある人に対して、辛辣な内容も書いています。気分を害されるかもしれないので、あらかじめご了承ください。ただし、完璧主義の弊害に悩む人(特に作品を完成させられないエターナラー)にとって自分が伝えられることも書いたつもりです。

完璧主義なプレイヤー


 完璧主義/完璧主義者というのは完璧であろうとする性質や人のことです。そのまんまですね。『時間を守る』『納期を守る』『仕事は細部まで入念に仕上げる』『テストでは満点を目指す』といったタイプのようです。
 努力家である反面、『細部にこだわって仕事が遅くなる』『与えられた枠組みにこだわるため柔軟性に欠ける』『完璧にできないことは投げ出す』というきらいがあるようです。
 0か100かの両極端な性格と言えるかもしれません。

 参考までに適当に見つけた性格診断の例です。
http://shining.main.jp/enia1.html
 プラス面とマイナス面の内容がどう見ても矛盾してますが、これが両極端ということかもしれません。

 100問チェックでの診断もありますので、お暇でなおかつ「あたしってば完璧主義かも……」って人はどうぞ。下のタイプ1が完全主義者に当たりますので、ここのポイントで度合いが分かるかと思います。
http://shining.main.jp/eniatest.html
 ちなみに、僕は1番目に研究者が9ポイント。2番目に完全主義者が6ポイントになりました。完璧主義傾向もなくはないですが、研究者のほうが遥かにしっくり来るので異論ありません。

 これがゲームのプレイスタイルにおいてはどうなるか。ググってみたら、出るわ出るわの完璧主義ゲーマーの実例。軽度な例から極端な例まで順番に挙げてみました。

  1. ダンジョンは隅々まで歩いて、宝箱を回収。
    行き止まりに当たるとむしろ安心する。
  2. 期間限定要素などの取り逃しを嫌がる。攻略サイト見ながらプレイは当たり前。
  3. クリア後の隠しボスもきっちり倒す。全イベントを見ようと努力。
  4. お金、MP、消耗品、時間などのリソース活用は苦手。
    いらないアイテムを売って、お金に替えるというやり繰りは苦手。
    エリクサーのような貴重品を使うなんてとんでもない。
    ブレスオブファイア5のようにリソース活用を強いられるシステムは発狂もの。
  5. 店売りの最強装備が全員分整うまで先に進まない。
    既にボスを余裕で倒せるレベルになっていてもとにかく整える。
    かかる時間も気にしない。
    戦闘に参加しないキャラまで整え出すとさらに高レベル。
  6. 図鑑やアイテムは何の報酬もなくともコンプリートする。
  7. 逃走回数や全滅回数のカウントがあると酷く気になる。
    何かメリットがあるわけでもないが0を維持しようとする。
  8. 確率1%以下のレアアイテムを手に入れるまで、リセットを繰り返す。
    レアであれば大した性能がなくとも関係なく取得対象。
    FFTの某攻略本は絶対に許さない。
  9. 一つでも些細な何かを取り逃すと最初からやり直す。または投げ出す。

 上のほうに関しては普通のプレイヤーでも「あるある」だと思います。仲間を取り逃したなんてのは、僕でもやり直したくなります。幻想水滸伝なんて、仲間を揃えないとベストエンドにいけませんし。
 完璧主義傾向というのは、どのプレイヤーも程度の差はあれど、持っているといえそうです。特にヘビーゲーマーで完璧主義傾向が全くないなんて人は極めて稀でしょう。

 さて、ここで問題が発生するのが下のほう。例えば、制作者が「必要な装備だけ買って先に進めば丁度よい」という調整をしていた場合、『5』のタイプのプレイヤーに対しては、その想定が崩れます。
 もっとも、プレイヤーが好きでやっている限りはそれほど大きな問題ではありません。想定したバランスでプレイしてもらえないのは残念、とはいえ「俺はガチガチに装備を整えて、無双するのが好きなんだ!」ってのも悪くない楽しみ方でしょう。

 それだけならよかったのですが、話はそこに留まりません。完璧主義者の中には好きでやっているのではなく、『やらねばならない』という意識に縛られ、自ら疲れを買っている人がいるみたいです。

 例えば、僕自身は実際に以下のような意見を受けたことがあります。

プレイヤー
「アイテムの値段が高い。全員分の装備を完璧に揃えるのが大変で疲れる」


「えっ!? 疲れるならなんで全部買うの!?
 敵の強さで判断すれば、そこまでしなくても進めると分かるはず」


プレイヤー
「戦歴に逃走回数が表示されるから、気になって逃走できない。
 逃げずにプレイするのが面倒だ」


「逃げてもペナルティはないんですけど……。ていうか逃げてください」


 「誰に強制されているわけでもないのに、やりたくないことをやる」という感覚が僕にはほとんど理解できませんでした。僕にしても宝箱やサブイベントの取り逃しぐらいは気にします。しかし、それも「アイテムが手に入る」「イベントが見れる」というご褒美あってのものです。
 上記のようにご褒美のないことまで、完璧にする狙いは何でしょうか? 上については「装備を整えて無双したい!」のかとも思いましたが、どうも違うように思います。そもそも、聞いてみると楽しいわけでもないようなので、ますます不可解です。
 正直にいうと今までは「色んな人もいるもんだ」と流していました。色んな意見があるのは当然ですが、さりとて合わせていたらキリがありませんので。
 ですが、完璧主義者に関する記事を読んで、ようやく腑に落ちました。無関係だと思っていた複数の不可解な意見が『完璧主義』という線で一本に繋がったのです。この辺、結構自分はドライなほうなので、感覚が合わないはずです。

 察するに、完璧主義といっても『好きでやっているタイプ』と『強迫性でやっているタイプ』の二通りがいるのではないかと推測します。調べてみたら後者らしき人が「最近、ゲームを楽しめなくなった」「疲れるから、RPGは尻込みする」というようなことを、書いている例をいくつか見つけました。思っていた以上に重大そうです。
 これ『心理学』や『ゲームデザイン』といった分野にとっては、論文一つ書いていいぐらいのテーマな気がします。

 ぶっちゃけ『強迫性』に陥っていて、楽しさよりもストレスが大きいという方は、無理に完璧を目指さないほうが、何かと幸せになれるのではないかと思ったり。少なくとも『本当に気に入った作品だけやり込む』『それ以外の作品は適当に』みたいな融通を利かせたほうがよいかと思います。色んなプレイスタイルがあってもよいとはいっても、楽しくないなら本末転倒です。
 あくまでプレイスタイルを決めるのは、当人の問題ではありますが、適度に自制し「ゲームを楽しめなくなった……」なんてことには、ならないで頂ければと切に願います。

 では制作者側に何ができるかというと、何よりも取り逃し要素を減らすことでしょう。これについては、大半のユーザが意見一致すると思います。もちろん、一周が短く、周回プレイが前提なら、取り逃しがあるくらいのほうがやりがいが出るというのは否定しません。
 その他については、もう作者のお好みでよいかなと思います。というのも、仮説が正しければ、上の2タイプは正反対の心理反応を取るはずです。

例:魔物図鑑を用意した場合

  • 『好きでやっているタイプ』→ よ〜しコンプするぞ!
  • 『強迫性タイプ』     → げっ、コンプしないと……。

 そんなわけで、両方を満足させるというのは相当難しいはずです。ぶっちゃけ僕もこれ以上はどうすりゃいいのかよく分かりません。今後の課題というところですね。
 ……うん。ロクな結論は出ませんでした。それでも意識だけしておけばその内、役に立つ時も来るかもしれません。

※長すぎたので分割しました。
後編はこちら
posted by 砂川赳 at 06:00 | RPG制作講座 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

【王道長編RPG】いざラストバトル!

2014年09月06日

 前回の記事がRPG制作講座だったせいで、微妙に久々の開発記録です。終盤の画面を載せるような非常識なことはできませんので、今回のスクショは記事の内容に関係ない適当なものです。中盤以降はあまりネタをバラしたくないので、出せるものも尽きてきました……。

20140830_1.png
 手書きした城のグラフィックが微妙だったので、ツクール2003のものを持ってきて色調整してみたら、だいぶマシになった気がします。2003はバグと仕様の微妙さでロクに使わなかったので、これぐらいは活用しないと。

20140830_2.png
 そろそろ、顔グラとかも上がったスキルで描き直したいですね。中には未だにデザインが確定していないキャラもいたりします。「いつでも直せるし〜」というわけで放置していました。スクショに出てこないキャラがいますが、ちゃんと他にもいるのでご安心を。


 ついにテストプレイがラストダンジョンに到達しました! ラスボス〜エンディングを調整中です。作者のクリア時間基準で20〜25時間といったところでしょうか。
 もっとも、このゲームはテンポが速い分、操作時間の比重が大きくなります。ストーリーも戦闘も「見てるだけ〜」というシーンはそんなにありません。なので、プレイヤーの操作速度やプレイスタイルでも結構変わってくると思います。

※まだ色々と調整するつもりですし、テストプレイも二周目三周目を考えていますので、もう数ヶ月完成にはかかります。

 さて、相変わらず僕の作品はラスボスが強めです。昨今のラスボス戦はイベント性重視だったり、クリア後の裏ボスの前座扱いだったりで、微妙な強さにされていることも珍しくありませんが、嘆かわしいことです。そんな風潮には流されません。

  • 長いストーリーを締めくくる最後の敵
  • ゲームシステムの粋を結集した最強の敵
  • 最高の戦闘演出&音楽

 これらが合わさることこそがラストバトルの醍醐味です。ストーリーとゲームデザインと演出が頂点で交わる瞬間。まさに総合芸術たるゲームにしか成し得ない奇跡といっても過言ではないでしょう。

 ……無駄にテンションが高い文章になりましたが、なんとなく僕のラストバトルに対する考えがわかって頂けたでしょうか?
 僕がクリア後の裏ボスの類を作らない理由もこれが一つです。ラストバトルが一番面白くなるようにゲーム全体の設計をしているので、その後を作るのがしんどいのです。
 漫画でいうとスラムダンク。作者は作中最高の試合を描いた後で「これより面白い試合は描けない」とトーナメントの途中でも連載を終えましたが、それと似たような心理だと思います。

 僕としては、裏ボスを作るためにラスボスを加減して作るということは、やりたくありません。やっぱりラストバトルは全力を尽くして制作したい。全力を尽くして制作した以上はそこをストーリー上もゲーム上もクライマックスにしたいなと。
 制作者としてもそうですが、一プレイヤーとしても『クリア後』が充実した作品をやると、しまりがなく冗長な印象を持つことが多いのですよね。

 「そう思うならクリア後は手を付けなければよい」という制作者もいるでしょうが、「出された料理は全部食べようとする」「本は最後のページまで読もうとする」というのが人間心理。クリア後に「重要なイベントがある作品」もあれば「単にラスボスより強い敵がいるだけの作品」もあって、「どこでやめるか」という見極めはなかなか難しいのです。

 もちろん色んなやり方があってもよいとは思うのですが、そんなわけで自分としてはラストバトル〜エンディングでゲームを終えるというのが理想的だと思っています。
 僕もかれこれ、Web上にRPGの公開を初めて10年超となります。仕事に忙殺されて随分とブランクが空きましたが……。作品を公開する度に、クリア後の隠しボスを求める声は結構多いということは承知しています。それでも、ここは個人的には譲れないところなのです。
 こんな感じで、作者と一部ユーザの意見がぶつかった場合は基本的に作者の意見を優先しちゃってよいと思っています。妥協点があるなら狙ってもよいでしょうが、八方美人が好かれるとも世の中限りません。それだったら、無理せず自分と感性が近いユーザを照準に合わせておくのもありだと思うのです。


 ……何だかまた開発記録というよりも講座&コラムな内容になってしまいました。が、今回は個人的な意見の比重がいつも以上に多いのでここに置いておきます。その内、編集して講座に移すかもしれませんけど。

これで今年の開発1170時間経過です。

posted by 砂川赳 at 06:00 | Comment(10) | 開発記録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする